早河シリーズ第一幕【影法師】
『香道さんには話したの?』
「まだです。お兄ちゃん全然家に帰って来ないし、電話で話すのも、なんか違う気がして……。けど、ちゃんと話します」
『うん。香道さんならきっとなぎさちゃんの気持ちわかってくれるよ』
早河は笑顔で頷く。香道は頭ごなしに叱る人ではない。不倫の恋を自ら断ち切った妹を責めたりはしないはずだ。
「今度は早河さんみたいな人を好きになりたいなぁ」
『ははっ。それはオススメできないよ』
「でもお兄ちゃんがとてもいい後輩の刑事がいるって前に言ってました。それって早河さんのことだったんですね。お兄ちゃん、早河さんのこと相当好きみたい」
『それは参ったな』
香道が自分をどこまで評価しているかは知らないが、バディの彼に認められている事実は素直に嬉しい。
「早河さんは優しいから、お兄ちゃんがべた褒めするのもわかります」
『優しい……か』
早河の表情の翳《かげ》りになぎさは気づく。
「優しいって言われるの嫌ですか?」
『自分のことは自分ではわからないものだと思ってね。俺は他人に無関心な方だと思ってるんだ。誰かに優しくしてるつもりもないし、優しいと言われてもいまいちピンと来ないんだよね』
なぎさは相槌を打ちながら小首を傾げた。自分のことは自分ではわからない、その通りだ。けれど相手からは見えている自分の姿がある。
「早河さんは寄り添ってくれるんですよ。人の悲しみや痛みに黙って寄り添ってくれる。偉そうなことは言わないし無責任な励ましもしなくて、黙って話を聞いてくれる。きっと、そういうことができる人って少ない気がします。これが私が思う早河さんの優しさです。私は早河さんに話を聞いてもらって彼に別れを言う決心がついたんです」
なぎさの微笑に心が温かくなる。
『なぎさちゃん、ありがとう』
「私にはこれくらいしかできることもなくて……」
恥ずかしげにはにかむなぎさが次は不倫の恋ではなく、いい出会いに恵まれることを早河は心底願った。今度は彼女が傷付くことのない恋愛ができるようにと……。
しばらく他愛のない話をして二人はカフェを出る。
「私は会社に戻ります。上司に原稿チェックしてもらわないといけないので」
『仕事頑張ってね』
早河に会釈して歩き出そうとしたなぎさの身体がぐらっと揺れた。ふらつくなぎさの身体を早河がとっさに支える。
『大丈夫?』
「ごめんなさい。大丈夫です……」
なぎさ自身もふらついたことに驚き、額に手を当てて動揺していた。一見して体調が悪そうには見えなかったが身体の内部の不調は目に見えない。
『本当に大丈夫?』
「はい。たぶんちょっと夏バテ気味なのかも」
『俺は車だから会社まで送ろうか?』
「早河さんにご迷惑かけられません。駅も近いし平気です」
なぎさは最後に早河に笑顔を見せて人混みの中に消えた。最後に見た彼女の笑顔は少し苦しそうだった。
「まだです。お兄ちゃん全然家に帰って来ないし、電話で話すのも、なんか違う気がして……。けど、ちゃんと話します」
『うん。香道さんならきっとなぎさちゃんの気持ちわかってくれるよ』
早河は笑顔で頷く。香道は頭ごなしに叱る人ではない。不倫の恋を自ら断ち切った妹を責めたりはしないはずだ。
「今度は早河さんみたいな人を好きになりたいなぁ」
『ははっ。それはオススメできないよ』
「でもお兄ちゃんがとてもいい後輩の刑事がいるって前に言ってました。それって早河さんのことだったんですね。お兄ちゃん、早河さんのこと相当好きみたい」
『それは参ったな』
香道が自分をどこまで評価しているかは知らないが、バディの彼に認められている事実は素直に嬉しい。
「早河さんは優しいから、お兄ちゃんがべた褒めするのもわかります」
『優しい……か』
早河の表情の翳《かげ》りになぎさは気づく。
「優しいって言われるの嫌ですか?」
『自分のことは自分ではわからないものだと思ってね。俺は他人に無関心な方だと思ってるんだ。誰かに優しくしてるつもりもないし、優しいと言われてもいまいちピンと来ないんだよね』
なぎさは相槌を打ちながら小首を傾げた。自分のことは自分ではわからない、その通りだ。けれど相手からは見えている自分の姿がある。
「早河さんは寄り添ってくれるんですよ。人の悲しみや痛みに黙って寄り添ってくれる。偉そうなことは言わないし無責任な励ましもしなくて、黙って話を聞いてくれる。きっと、そういうことができる人って少ない気がします。これが私が思う早河さんの優しさです。私は早河さんに話を聞いてもらって彼に別れを言う決心がついたんです」
なぎさの微笑に心が温かくなる。
『なぎさちゃん、ありがとう』
「私にはこれくらいしかできることもなくて……」
恥ずかしげにはにかむなぎさが次は不倫の恋ではなく、いい出会いに恵まれることを早河は心底願った。今度は彼女が傷付くことのない恋愛ができるようにと……。
しばらく他愛のない話をして二人はカフェを出る。
「私は会社に戻ります。上司に原稿チェックしてもらわないといけないので」
『仕事頑張ってね』
早河に会釈して歩き出そうとしたなぎさの身体がぐらっと揺れた。ふらつくなぎさの身体を早河がとっさに支える。
『大丈夫?』
「ごめんなさい。大丈夫です……」
なぎさ自身もふらついたことに驚き、額に手を当てて動揺していた。一見して体調が悪そうには見えなかったが身体の内部の不調は目に見えない。
『本当に大丈夫?』
「はい。たぶんちょっと夏バテ気味なのかも」
『俺は車だから会社まで送ろうか?』
「早河さんにご迷惑かけられません。駅も近いし平気です」
なぎさは最後に早河に笑顔を見せて人混みの中に消えた。最後に見た彼女の笑顔は少し苦しそうだった。