早河シリーズ第一幕【影法師】
 夜の闇に紛れて男が歩いて来た。すぐ側は妖しげなライトが灯る歓楽街。街灯の灯りに照らされてだんだんと男の姿が鮮明になる。
年若い男は派手な柄シャツの胸元をはだけさせ、夜なのにサングラスをかけている。どう見てもチンピラの風体だ。

『お久しぶりでーす』

 チンピラ風味の男はサングラスを外して香道秋彦に頭を下げた。
香道は苦笑して男の全身を一瞥する。テロテロとした素材のシャツは黒地にアラビア風な赤い花模様が全体にあしらわれている。

『矢野、相変わらずだな。いつも思うがそんな服どこで売ってるんだ?』
『んー……原宿とか?』

 矢野一輝はサングラスをシャツの胸元に差し込み、コインパーキングの片隅に佇む香道の隣に並んだ。彼は脇に挟んでいたA4封筒を香道に渡す。

『香道さんに頼まれたもの。詳細はそこに書いてあります』
『助かる』

香道は封筒から書類の束を取り出した。書類を灯りに照らして文字を追う。

『ってか、なんで今さら辰巳佑吾を調べているんです? それも早河さんには内緒って』
『ちょっとな。去年の夏にお前が掴んできた例の情報……あれがどうしても気になるんだ』
『ああ……あのラストクロウのことですか』

矢野は車止めの前に座り込み、煙草をくわえた。香道は立ったまま熱心に書類を読んでいる。

『辰巳の組織は辰巳が死んでからは組織幹部も自殺や暗殺されたりで組織の生き残りはいないと聞いています』

 コインパーキングに隣接するビルはラブホテル。その隣のビルもラブホテル。こんな場所で男二人、目立つようで目立たないここは都会の闇の淵。

『もしも新たな組織が出来ていてそれが辰巳に近い人間が創ったものだったとしたら、組織に狙われるのはおそらく早河だ』
『早河さんの父親と辰巳の因縁が今も続いているって言いたいんですか?』
『お前……早河の親父さんと辰巳のこと知ってたのか?』

矢野の言葉に驚いた香道が顔を上げた。矢野は煙草の煙を吐いてニヤリと笑う。

『俺を誰だと思ってるんですか。これでも情報屋ですよ。早河さんの母親が辰巳の手下に殺されたことも知ってます。今のところ早河さんには黙っていますけどね』

 矢野はこんなチャラチャラとした風貌をしていても頭がキレる。
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