早河シリーズ第一幕【影法師】
『聖子の失踪宣告はされなかったんですか?』
『貴嶋家の血筋が途絶えることを恐れた関係者が失踪の申し立てをしなかったそうだ。お前の高校に息子の佑聖が転校してきたのなら、その時期には聖子も東京にいたんだろう』

 行方不明となった貴嶋聖子、空欄の父親。早河は空白となっている貴嶋佑聖の父親の欄を見つめた。

『聖子の恋人……佑聖の父親のことは何かわかりましたか?』
『聖子の相手の情報はまったく掴めなかった。父親が交際に反対するくらいだから親や周囲に認められた付き合いではなかったのかもしれない』

 話を終えて上野が去った部屋で早河はソファーに寝そべって資料を眺めた。

 時計の針が午前零時を示す。父の命日は過ぎて12日になった。上野が残していった資料には辰巳佑吾が創設した犯罪組織カオスについてもまとめられていた。

(親父が追っていたカオスの拠点も横須賀……)

貴嶋佑聖の本籍地は横須賀、出所後の辰巳佑吾の拠点も横須賀。

 聖子は20歳で佑聖を産んでいる。その時の辰巳の年齢は27歳。年齢的にも二人が恋愛関係にあったとしても不思議ではない。
少年刑務所を出所した辰巳が横須賀に移住し、何らかの形で聖子と出会い、二人の間に子供が生まれたとしてそれは……
いや、こんなことは偶然だ。……偶然? 本当に?

 早河はソファーを降りて冷蔵庫からビールを取り出した。その場で一気にビールを喉に流し込む。
心の中にドロドロとした汚泥のような感情が溜まっていく。もしも貴嶋聖子の恋人が辰巳だったとしたら、もしも貴嶋佑聖の父親が辰巳なら──。

 彼は飲み干したビール缶を素手で握り潰した。確証のないつまらない想像は止めよう。
今考えなければならないのは貴嶋の父親が誰であるかよりも、門倉唯誘拐事件の犯人の正体だ。

門倉唯の誘拐が貴嶋の仕業なら、唯の祖父の門倉警視総監射殺も台場公園の爆破も一連の事件に貴嶋が関与していることになる。そうなれば刑事として貴嶋を逮捕するのが自分の仕事。

 ──この世に神はいると思う?──

 また、夏の逆光の向こう側で貴嶋のあの言葉が再生された。

『確かにもし神がいるならまったく残酷な仕打ちだよ』

消えてしまった友人の影を、すぐ側に感じた熱帯夜だった。
< 37 / 83 >

この作品をシェア

pagetop