早河シリーズ第一幕【影法師】
8月12日(Sun)午後3時

 早河は上野の呼び出しを受けて警視庁の屋上に出向いた。屋上には上野の他に大柄な男がいて、その男に早河は見覚えがあった。

上野が早河に男を紹介する。

『組織犯罪対策部の石川さんだ。前に合同捜査で顔合わせしたことあるだろ?』
『はい。ご無沙汰しています』

 組織犯罪対策部は2003年に設置された暴力団などの反社会的勢力を取り締まる部署だ。石川博史警部は警視庁組織犯罪対策第一課に所属している。

『早河くん。久しぶりだね』

石川は大柄な体には似合わない穏和な顔つきをしているが、組織犯罪対策部のやり手刑事として名が知られている。

『石川さんとはお前の親父さんが刑事だった頃に一緒にカオスを追っていたんだ』
『父と?』
『早河警部補には公私ともに世話になったんだ。彼は私が最も尊敬している警察官だった』

 石川が手帳に挟んでいた写真を早河に見せる。居酒屋で撮られたらしい写真には若い頃の石川と上野、亡き父の姿があった。

そう言えば父の遺品の中にもこの写真と同じ写真があり、石川と上野と父の親交が窺える。

『石川さんが辰巳の件で思い出したことがあると言うんだ』
『思い出したこと?』

 石川は早河に向けて頷き、手帳に写真を戻して懐にしまった。

『断定はできないんだが辰巳には子供がいたかもしれない』

子供と聞いて心臓がドクンと脈打った。昨夜から考えていた貴嶋佑聖の父親は誰か、その答えが……。

『早河警部補が辰巳のアジトに乗り込んだ時……20年は前になるかな。我々が辰巳の家に入った時にはすでに部屋はもぬけの殻で荷物もほとんど残っていなかった。ただ使い古されたおもちゃが転がっていたんだ。積み木やミニカーの類いがね』

石川の記憶が確かなら20年前にはすでに辰巳佑吾には子供が存在していた。

『辰巳が独身なことは間違いなく、当時の公安の調べでも妻子の影は微塵も見えなかったんだが、あの時見たおもちゃのことがずっと気にかかっていたんだ』

 昨夜の確証のない想像がだんだんと形を帯びていくようで、それは貴嶋と辰巳が近付いていくことを意味している。

夏の日差しは分厚い雲に遮られ、湿気を含んだ風が気持ち悪く肌にまとわりついた。

 早河は先に捜査一課のフロアに戻り、上野と石川はそのまま屋上で立ち話をしていた。

『まさかまたカオスの名前を口にする日が来るとは……』

石川は煙草をくわえて憂鬱そうに灰色の空を眺めた。彼の隣で上野も一服する。

『当たって欲しくない予感ほど当たってしまうものですよね』
『そうだな。しかし早河警部補の息子が今はお前の部下になっている。俺達も歳をとったものだ』
『捜査一課にアイツが配属されてきた時は驚きましたよ』

 上野は早河が十代の頃から彼を知っている。あの冷めた目をした少年が刑事となり今は自分の部下として働いている。

死んだ父親の代わりに自分が彼の面倒を見てやるつもりで接しているからか、早河に対しては他の部下達よりも過保護な面を出してしまう時がままある。

『1年前に現れたキングとの関連性も気になる。あれ以来、奴が美月ちゃんに接触してきたことはないんだろ?』
『ええ。あれから一度だけ、去年の冬に美月ちゃんは例のキングと会ったようですがそれからは何も聞いていません。そいつとカオスに関わりがあるのかもわかりませんし、美月ちゃんに接触した意図も不明です』

 浅丘美月。彼女は1年前に上野が関わった静岡連続殺人事件の関係者。
石川は美月の親友、比奈の父親だ。

『美月ちゃんは芯の通った素直な子だ。危険な目に遭わないことを祈るばかりだな』

石川は娘の親友の身を案じていた。上野も同意の頷きを返し、二人が吸う煙草の煙が曇天の空に昇った。
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