早河シリーズ第一幕【影法師】
 香道が淹れてくれたコーヒーを飲み終えて早河は腕時計を見た。間もなく午後3時。
最近よく思う。自分はどうして刑事になったのか、何のために刑事を続けているのか。

 雑然とする捜査一課のフロアに早河と香道の上司の上野恭一郎が現れた。

『早河、香道。今から一緒に来てくれ』
『何かあったんですか?』
『来ればわかる』

普段は穏和は雰囲気を持つ上野の表情が固いことに部下二人は重大事件発生の予感を感じた。
三人は警視庁内の渡り廊下を渡り、第一会議室の扉を上野が慎重にノックする。扉を開けて先に上野が入り、続いて香道、最後に早河が入って扉を閉めた。

 コの字型に組まれた長机には見るからに警察上層部のわかる制服組の人間達が並んでいた。室内の威圧感に早河と香道は萎縮して頭を下げる。
下座のひとりが言葉を発した。

『早河刑事はどちらですか?』
『彼が早河です』

上野が早河の肩に触れる。上座にいる男が鋭い視線を早河に向けた。品定めをするように上座の男は早河をねめつける。

『上野警部。本当に彼に任せて大丈夫なんだろうね?』
『早河は優秀な刑事です。ご心配には及びません』

 上座の男と上野の間で交わされる意味のわからない会話に蚊帳の外に置かれている気分になり、早河も香道も困惑した。

『万が一の事態があればわかっているね?』
『その時は私が全責任を負います』

しばらく沈黙が続く。どうやり過ごしていいかわからない静かな時の流れ。全身に突き刺さる鋭い視線を四方八方から感じて居心地が悪い。

『……よろしい。後のことは君達に任せる』

 上座の男が立ち上がったのを合図にして他の男達も席を立ち、上座の男を先頭にしてぞろぞろと会議室から出ていった。
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