早河シリーズ第一幕【影法師】
 車が雨の東京の街を駆け抜ける。車内にはラジオが流れていて、寺町法務大臣拉致のニュースが流れていた。初耳のニュースだ。

(法務大臣って死刑執行命令を出す人だっけ)

寺町法務大臣の顔が美月にはどうしても思い浮かばなかった。

 キングの運転はこの人物の象徴のように優雅が滑らか。
車は都内の主要道路を走っていく。車窓を流れる景色を見て美月はだんだん不安になった。

「あの……キング? 私の家の方向と違う気がするんだけど」

 美月の家は世田谷区にある。フロントガラスの向こうにある道路表示版を見ると車は明らかに世田谷区とは違う方向に向かっていた。

『美月の家には向かっていないよ』
「ええっ?」
『もう少し美月と一緒にいたくなったからね。寄り道』

驚く美月とは対照的にキングは平然としている。

「寄り道って……」
『じきに到着するから待ってて』

 穏やかな口調でそう言われてしまうと反論もできない。不思議なことに不快感は感じなかった。

(急いで帰らなくてもいいし、キングと一緒にいるのも嫌じゃないからいっか)

 美月は抗議を諦めてシートに深く座った。乗り慣れない右側の助手席から見えたのは美月が訪れる機会のない港区の風景だった。

 車がなだらかなカーブを曲がって停車した。

「ここって……」
『寄り道の場所』

 シートベルトを外して車から降りたキングを出迎えるスーツ姿の男達。彼らは美月にも恭しく頭を下げた。

重厚な石造りの壁に書かれた名称は〈AKASAKA ROYAL HOTEL〉

『部屋の準備は?』
『整っております』
『ご苦労様。美月、行こうか』

 ホテルマンとの意味深な会話の意味を尋ねる暇もなく、キングに手を引かれて美月は赤坂ロイヤルホテルのロビーに足を踏み入れた。

回転式の扉を潜ると、目に映るものすべてがきらびやかで豪華絢爛に彩られたホテル内に美月は目を丸くする。

「私がこんなところに来ちゃって場違いじゃない?」
『場違いではないよ。美月はここのお客様だ。それに君はこのホテルに見合う素敵なレディだよ』

 キングは先ほどホテルマンから受け取ったカードキーをちらつかせる。エレベーターホールで立ち止まった彼女はキングを見上げた。

「部屋の鍵?」
『そうだよ。早くシャワーを浴びないと風邪をひいてしまう。服もずぶ濡れだ。ここで洗濯してもらおうね』

 エレベーターに乗り込み、迷うことなく彼は30階のボタンを押した。美月は雨に濡れた自分の服を見てまた困惑する。

「洗濯って……ホテルでそんなことまでしてもらえるの?」
『このホテルは私の頼みならなんでも聞いてくれるんだ』

 またしても彼は意味深な言葉の奥底は語らない。
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