早河シリーズ第一幕【影法師】
リビングの隣には仕切りの扉があり、奥はベッドルームになっていた。大きなベッドが2つ並んでいる。
『どうした?』
後方でキングの声が聞こえる。振り向くとすぐ後ろに彼が立っていた。
「えっと……ちょっと探検? かな」
『好奇心旺盛なところも変わらないねぇ。そんなにこの部屋が珍しい?』
「うん。こんなに広い部屋初めてだから。キッチンもついてるのびっくりした」
『ここはスイートルーム。ホテルの中でもランクの高い部屋だよ。ここで生活もできる。芸能人や作家はホテルで生活している人も多いんだよ』
彼は美月の肩を抱き寄せた。
『美月が望むなら泊まっていくこともできる。どうする?』
「えっ……あの……」
『冗談だよ。さすがにそれは、まだ、ね。襲ったりしないから安心して』
まだ、の言葉の意味が引っ掛かるが彼の穏やかな口調と優しい笑みについほだされてしまう。
部屋の呼び鈴が鳴り、ルームサービスが届いた。美月の注文したレモンパイとミルクティー、キングのチョコケーキとコーヒーのおかわりが運ばれて来た。
美月は三角形のレモンパイの頂点にフォークを入れた。さくっとした食感と爽やかなレモン風味のクリームが口の中に広がる。
『レモンパイ美味しい?』
「とっても美味しい! キングも食べる?」
『……そうだね』
キングは隣に座る美月に近付いた。
レモンパイを頬張る美月に彼はキスをする。驚いている彼女の口内にいとも簡単に侵入したキングは咀嚼したレモンパイを口の中で分けあって、二人は同時にそれを飲み込んだ。
レモンパイを飲み込んだ後もキングとの長いキスは続く。
上手く息継ぎをしながら、触れて、舐めて、互いの舌を絡めて、唇の接触が続く。キスの最中に漏れ聞こえる淫らな音、後頭部に回された手が美月の髪を優しく撫でた。
ようやく美月から唇を離したキングが口元を斜めにした。
『ごちそうさま』
どの意味でのごちそうさま? と問い質したくても美月は羞恥でいっぱいになって顔を上げられない。顔は熱を帯び、心臓がドキドキしている。
「襲わないって言ったのに……」
『レモンパイを食べただけ』
「私はレモンパイですかっ!」
『美月が嫌がらなかったからねぇ。つい。これで機嫌を直して』
あんなに熱情的なキスをした後も悪びれる様子もなく、彼はフォークで切り分けたチョコケーキを美月の口に運んだ。チョコケーキは甘さ控えめのビターな味わいだった。
(確かに嫌がらなかったけどキングとキスしちゃった。どうしよう……しかもなんか……なんか……気持ちよかった……)
チョコケーキを飲み込んで、美月は自分の唇に触れた。甘いレモンパイの味がしたキスの余韻が唇に残っている。
不可抗力だとしても恋人でもない男とキスをしてしまった。もう少しキスが長く続けば、あのままキングの色香に酔わされて、自分はどうなっていたかわからない。
『せっかくだからもう一度キスする?』
「しませんっ!」
『それは残念。でも君が嫌がることはしないよ』
また優しい手つきで髪を撫でられて、去年の夏に初めてキングと会った日のことを思い出した。あの時もこんな風にキングは優しく髪を撫でていた。
キスをされても何故だかこの男を拒絶する気にはなれない。それはきっと、キングが“彼”に似ているから。
抱き寄せられたキングの胸元にぎゅっとしがみつく。キングは美月の髪をずっと撫で続けた。
静寂に包まれるホテルの一室。降り続く雨の音だけが聞こえていた。
『どうした?』
後方でキングの声が聞こえる。振り向くとすぐ後ろに彼が立っていた。
「えっと……ちょっと探検? かな」
『好奇心旺盛なところも変わらないねぇ。そんなにこの部屋が珍しい?』
「うん。こんなに広い部屋初めてだから。キッチンもついてるのびっくりした」
『ここはスイートルーム。ホテルの中でもランクの高い部屋だよ。ここで生活もできる。芸能人や作家はホテルで生活している人も多いんだよ』
彼は美月の肩を抱き寄せた。
『美月が望むなら泊まっていくこともできる。どうする?』
「えっ……あの……」
『冗談だよ。さすがにそれは、まだ、ね。襲ったりしないから安心して』
まだ、の言葉の意味が引っ掛かるが彼の穏やかな口調と優しい笑みについほだされてしまう。
部屋の呼び鈴が鳴り、ルームサービスが届いた。美月の注文したレモンパイとミルクティー、キングのチョコケーキとコーヒーのおかわりが運ばれて来た。
美月は三角形のレモンパイの頂点にフォークを入れた。さくっとした食感と爽やかなレモン風味のクリームが口の中に広がる。
『レモンパイ美味しい?』
「とっても美味しい! キングも食べる?」
『……そうだね』
キングは隣に座る美月に近付いた。
レモンパイを頬張る美月に彼はキスをする。驚いている彼女の口内にいとも簡単に侵入したキングは咀嚼したレモンパイを口の中で分けあって、二人は同時にそれを飲み込んだ。
レモンパイを飲み込んだ後もキングとの長いキスは続く。
上手く息継ぎをしながら、触れて、舐めて、互いの舌を絡めて、唇の接触が続く。キスの最中に漏れ聞こえる淫らな音、後頭部に回された手が美月の髪を優しく撫でた。
ようやく美月から唇を離したキングが口元を斜めにした。
『ごちそうさま』
どの意味でのごちそうさま? と問い質したくても美月は羞恥でいっぱいになって顔を上げられない。顔は熱を帯び、心臓がドキドキしている。
「襲わないって言ったのに……」
『レモンパイを食べただけ』
「私はレモンパイですかっ!」
『美月が嫌がらなかったからねぇ。つい。これで機嫌を直して』
あんなに熱情的なキスをした後も悪びれる様子もなく、彼はフォークで切り分けたチョコケーキを美月の口に運んだ。チョコケーキは甘さ控えめのビターな味わいだった。
(確かに嫌がらなかったけどキングとキスしちゃった。どうしよう……しかもなんか……なんか……気持ちよかった……)
チョコケーキを飲み込んで、美月は自分の唇に触れた。甘いレモンパイの味がしたキスの余韻が唇に残っている。
不可抗力だとしても恋人でもない男とキスをしてしまった。もう少しキスが長く続けば、あのままキングの色香に酔わされて、自分はどうなっていたかわからない。
『せっかくだからもう一度キスする?』
「しませんっ!」
『それは残念。でも君が嫌がることはしないよ』
また優しい手つきで髪を撫でられて、去年の夏に初めてキングと会った日のことを思い出した。あの時もこんな風にキングは優しく髪を撫でていた。
キスをされても何故だかこの男を拒絶する気にはなれない。それはきっと、キングが“彼”に似ているから。
抱き寄せられたキングの胸元にぎゅっとしがみつく。キングは美月の髪をずっと撫で続けた。
静寂に包まれるホテルの一室。降り続く雨の音だけが聞こえていた。