早河シリーズ第一幕【影法師】
 新宿中央公園周辺で不審者や不審車両の目撃情報の聞き込みをしている最中、早河の携帯電話が着信した。非通知の文字に彼は唾を飲み込む。

側にいた上野警部に目配せをして早河は通話ボタンを押した。

{やぁ早河くん。プレゼントは気に入ってくれたかな?}

 聞こえてきた声は機械で作られた声ではなかった。この声には聞き覚えがある。今なら声の主がはっきりとわかる。

『お前……貴嶋だな?』
{ようやく私のことを思い出してくれたね。よかったよかった}

電話の向こうで貴嶋佑聖は笑っていた。

『寺町大臣を殺したのはお前か?』
{私かもしれないし、私じゃないかもしれない}
『ふざけたこと言うなよ。門倉総監の射殺も孫の誘拐も、犯人のイイジマユウスケはお前なんだろ?』
{イイジマユウスケは私のアナグラムさ。キジマユウセイよりは凡人的な名前だよね}

貴嶋の口調からは罪の意識は微塵《みじん》も感じられない。

『お前の目的はなんだ?』
{その答えを知りたければ今夜23時、豊洲で会おう}
『23時、豊洲……』

 早河は貴嶋が指定した住所をメモして上野に見せる。そこは豊洲の倉庫街だ。

{必ず君ひとりで来るんだよ。12年振りの再会を果たそう}

 貴嶋との通話が切れた。肩を落とした早河の隣に上野が並び立つ。

『行くのか? ひとりで……』
『それが奴の指示です。俺ひとりで行きます。行かせてください』

 上野は難しい顔をして黙り込んだ。
早河をひとりで行かせれば何が起きるかわからない。最悪の結果では早河を死なせてしまうことになる。

『貴嶋は俺がひとりで来ることを望んでいます。もしこの場所に俺以外の人間がいれば貴嶋は姿を現さないかもしれません』

早河の覚悟を受け止めて上野は決断した。

『わかった。上への報告は俺がしておく。わからないようにサポートとして香道を……』
『いえ、香道さんには黙っていてください。俺がひとりで行こうとしていると知れば、香道さんはきっと一緒に行こうとするはずです。バディですから。でも今回はそれではダメなんです。俺が必ず貴嶋を逮捕します』

 香道には内密にすると約束した上で、早河と上野警部、上野班からは原刑事、捜査一課長と他の班の捜査員が集められて今夜の貴嶋逮捕の計画が練られた。


第三章 END
→第四章 並んで歩く影法師 に続く
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