早河シリーズ第一幕【影法師】
寺の駐車場に戻ると矢野一輝が待っていた。矢野はいつもの派手な服装ではなく喪服姿だ。
『来てたのか』
『せめて香典だけでもと思って。でも中に入ったら警察関係者だらけでヒヤヒヤしましたよ。だいぶぬるーくなっちまったけど、飲みます?』
矢野は未開封のペットボトルの飲料水を早河に渡した。ペットボトルと共に渡された物に彼は眉をひそめる。それはUSBだった。
『なんだこれ?』
『辰巳佑吾時代の犯罪組織カオス内部についての捜査資料のデータですよ』
『お前、こんな物どこで手に入れた? カオスの捜査資料はトップシークレット扱いで一部の警察幹部しか閲覧できないと上野警部は言っていたが……』
『それは警察が管理している捜査資料ですよね。でもひとりだけいるじゃないですか。警察関係者じゃなくなってもカオスを追い続けた人が』
『まさか……親父の?』
矢野は頷いた。
『そのUSBには早河さんの親父さん……早河武志さんが独自に集めたカオスの情報が入っています。当時の捜査資料を俺がUSBに移したものですけど、中身は親父さんが作った捜査資料のままです。これを受け継げるのは早河さんしかいません』
『親父が作った捜査資料……これが……』
手のひらに収まる小さなUSB。亡き父から息子へ託された思いがここに宿っている。
『中を見ればわかると思いますが、辰巳佑吾時代のカオスにはキングの辰巳の側近としてスコーピオンとケルベロスと呼ばれる奴らがいたようです。それにラストクロウも。去年の静岡で起きた殺人事件の犯人もラストクロウの名を引き継いでいた。今の貴嶋佑聖時代のカオスにラストクロウがいたのなら、スコーピオンやケルベロスが存在している可能性はあります』
矢野はぬるくなったペットボトルの飲料水を口に含む。横目で早河を見ると彼はまだUSBを眺めていた。
『早河さんはこれからどうするんですか? まさかひとりで貴嶋を追う気じゃないですよね?』
『……さっき、恵さんに殴られたよ』
早河は恵に打たれた左頬をさする。涙目でこちらを睨み付ける恵の顔が忘れられない。
『ああ、香道さんの彼女の……』
『秋彦を返せって泣きながら言われた。あれは……けっこうクるな。単独行動をした上に先輩を死なせた。刑事失格だ。だからこそ俺は……』
手に持つUSBを握り締めて早河は空を仰ぐ。こんなに綺麗な青空なのに心は大荒れの嵐のようだ。
『……今からラーメン食いに行きません? そろそろ昼飯にもいい時間でしょ』
矢野が唐突に言い出した。早河は腕時計を見る。
確かに昼食の時間帯ではあるが、この数日で空腹を感じる機能さえもどこかに置き去りにしてしまった気分だ。
『お前なぁ、こんな時に』
『こんな時だからですよ。俺、香道さんにいつものラーメン奢ってもらう約束してたんですよ。特盛餃子つきで。こんなことならあの後、一緒にラーメン食いに行けばよかった』
矢野は喪服のポケットから行きつけのラーメン屋のマッチ箱を出して悲しげに見下ろした。早河も矢野の意図を汲んでマッチ箱を見つめる。
蝉時雨が聴こえる。とても暑い、仏滅の真夏日だった。
『来てたのか』
『せめて香典だけでもと思って。でも中に入ったら警察関係者だらけでヒヤヒヤしましたよ。だいぶぬるーくなっちまったけど、飲みます?』
矢野は未開封のペットボトルの飲料水を早河に渡した。ペットボトルと共に渡された物に彼は眉をひそめる。それはUSBだった。
『なんだこれ?』
『辰巳佑吾時代の犯罪組織カオス内部についての捜査資料のデータですよ』
『お前、こんな物どこで手に入れた? カオスの捜査資料はトップシークレット扱いで一部の警察幹部しか閲覧できないと上野警部は言っていたが……』
『それは警察が管理している捜査資料ですよね。でもひとりだけいるじゃないですか。警察関係者じゃなくなってもカオスを追い続けた人が』
『まさか……親父の?』
矢野は頷いた。
『そのUSBには早河さんの親父さん……早河武志さんが独自に集めたカオスの情報が入っています。当時の捜査資料を俺がUSBに移したものですけど、中身は親父さんが作った捜査資料のままです。これを受け継げるのは早河さんしかいません』
『親父が作った捜査資料……これが……』
手のひらに収まる小さなUSB。亡き父から息子へ託された思いがここに宿っている。
『中を見ればわかると思いますが、辰巳佑吾時代のカオスにはキングの辰巳の側近としてスコーピオンとケルベロスと呼ばれる奴らがいたようです。それにラストクロウも。去年の静岡で起きた殺人事件の犯人もラストクロウの名を引き継いでいた。今の貴嶋佑聖時代のカオスにラストクロウがいたのなら、スコーピオンやケルベロスが存在している可能性はあります』
矢野はぬるくなったペットボトルの飲料水を口に含む。横目で早河を見ると彼はまだUSBを眺めていた。
『早河さんはこれからどうするんですか? まさかひとりで貴嶋を追う気じゃないですよね?』
『……さっき、恵さんに殴られたよ』
早河は恵に打たれた左頬をさする。涙目でこちらを睨み付ける恵の顔が忘れられない。
『ああ、香道さんの彼女の……』
『秋彦を返せって泣きながら言われた。あれは……けっこうクるな。単独行動をした上に先輩を死なせた。刑事失格だ。だからこそ俺は……』
手に持つUSBを握り締めて早河は空を仰ぐ。こんなに綺麗な青空なのに心は大荒れの嵐のようだ。
『……今からラーメン食いに行きません? そろそろ昼飯にもいい時間でしょ』
矢野が唐突に言い出した。早河は腕時計を見る。
確かに昼食の時間帯ではあるが、この数日で空腹を感じる機能さえもどこかに置き去りにしてしまった気分だ。
『お前なぁ、こんな時に』
『こんな時だからですよ。俺、香道さんにいつものラーメン奢ってもらう約束してたんですよ。特盛餃子つきで。こんなことならあの後、一緒にラーメン食いに行けばよかった』
矢野は喪服のポケットから行きつけのラーメン屋のマッチ箱を出して悲しげに見下ろした。早河も矢野の意図を汲んでマッチ箱を見つめる。
蝉時雨が聴こえる。とても暑い、仏滅の真夏日だった。