早河シリーズ第一幕【影法師】
2週間の停職期間、早河は矢野から渡されたUSBの内容を頭に叩き込んだ。USBには父、早河武志の遺した犯罪組織カオスについての詳細なデータが記されていた。
父の資料によれば、辰巳佑吾をキングとする時代のカオスにはスコーピオン、ケルベロス、ラストクロウの呼称を持つ側近がいた。
側近達にはそれぞれ役割があり、スコーピオンは暗殺、主に射撃を得意とする。ケルベロスは実行部隊、カオスと敵対する暴力団の制圧や殺人教唆を行っていた。
ラストクロウは情報収集と情報操作。政財界に多くのコネクションを築いていた。
辰巳の息子の貴嶋がこの流れを継いでいるとすれば、少なくとも3人の側近がいることになる。現に、去年静岡で何者かに狙撃され海に転落した男は、通称をラストクロウと呼ばれていた。
捜査資料の最後を父はこう締めくくっている。
──“カオスは人の心の闇に入り込み闇を増幅させる”──
8月最後の夕焼けが空に広がっている。9月になってもまだまだ暑いのに今日で夏も終わりと感じてしまうのは、8月31日が夏休み最後の日であった学生時代の名残なのか。
自宅のベランダで早河は夕陽を眺めて一服する。近所の子供達が走り去る姿が見えた。
今日という日を、目一杯楽しんだ子供達は今から家に帰るのだろう。
網戸を隔てた室内で携帯電話が鳴っていた。煙草をくわえたまま、ものぐさな動きでベランダから室内に戻る。
停職期間中に仕事の連絡はなく、あるとすれば矢野か、玲夏のどちらかだ。しかし鳴り響く携帯の着信表示は矢野でも玲夏でもなく、上司の上野警部だった。
{香道の妹さんが自殺未遂を図ったそうだ}
『なぎさちゃんが?』
その知らせに惰眠を貪っていた頭も一気に覚めた。
{手首をカミソリで切ったらしい。幸い、傷は軽傷で命に別状はない}
上野はなぎさが入院している病院の住所を早河に伝える。早河は手近にあった広告の裏面に住所をメモした。
{妹さん中絶したんだってな}
『相手が既婚者だから堕ろすことにしたと、お父さんが言っていました』
煙草の始末を終えて車の鍵と病院のメモを持って玄関を出た。
{兄が殉職した直後に望まない妊娠、衝動的に自殺を図っても不思議じゃないな。今から行くのか?}
『俺が行ってどうにかなる事ではないですけど……なぎさちゃんが心配なんです』
アパートの外階段を降り、道を挟んだ向かいの駐車場に停めた自分の車に乗り込んだ時、電話越しに上野の溜息が聞こえた。
{所轄からは事件性なしの判断で報告が上がっている。くれぐれも慎重にな}
『はい』
父の資料によれば、辰巳佑吾をキングとする時代のカオスにはスコーピオン、ケルベロス、ラストクロウの呼称を持つ側近がいた。
側近達にはそれぞれ役割があり、スコーピオンは暗殺、主に射撃を得意とする。ケルベロスは実行部隊、カオスと敵対する暴力団の制圧や殺人教唆を行っていた。
ラストクロウは情報収集と情報操作。政財界に多くのコネクションを築いていた。
辰巳の息子の貴嶋がこの流れを継いでいるとすれば、少なくとも3人の側近がいることになる。現に、去年静岡で何者かに狙撃され海に転落した男は、通称をラストクロウと呼ばれていた。
捜査資料の最後を父はこう締めくくっている。
──“カオスは人の心の闇に入り込み闇を増幅させる”──
8月最後の夕焼けが空に広がっている。9月になってもまだまだ暑いのに今日で夏も終わりと感じてしまうのは、8月31日が夏休み最後の日であった学生時代の名残なのか。
自宅のベランダで早河は夕陽を眺めて一服する。近所の子供達が走り去る姿が見えた。
今日という日を、目一杯楽しんだ子供達は今から家に帰るのだろう。
網戸を隔てた室内で携帯電話が鳴っていた。煙草をくわえたまま、ものぐさな動きでベランダから室内に戻る。
停職期間中に仕事の連絡はなく、あるとすれば矢野か、玲夏のどちらかだ。しかし鳴り響く携帯の着信表示は矢野でも玲夏でもなく、上司の上野警部だった。
{香道の妹さんが自殺未遂を図ったそうだ}
『なぎさちゃんが?』
その知らせに惰眠を貪っていた頭も一気に覚めた。
{手首をカミソリで切ったらしい。幸い、傷は軽傷で命に別状はない}
上野はなぎさが入院している病院の住所を早河に伝える。早河は手近にあった広告の裏面に住所をメモした。
{妹さん中絶したんだってな}
『相手が既婚者だから堕ろすことにしたと、お父さんが言っていました』
煙草の始末を終えて車の鍵と病院のメモを持って玄関を出た。
{兄が殉職した直後に望まない妊娠、衝動的に自殺を図っても不思議じゃないな。今から行くのか?}
『俺が行ってどうにかなる事ではないですけど……なぎさちゃんが心配なんです』
アパートの外階段を降り、道を挟んだ向かいの駐車場に停めた自分の車に乗り込んだ時、電話越しに上野の溜息が聞こえた。
{所轄からは事件性なしの判断で報告が上がっている。くれぐれも慎重にな}
『はい』