早河シリーズ第一幕【影法師】
 早河はベッドに近付き頭を下げた。

『罪滅ぼしと言われるのならそうかもしれない。俺にはこんなことしかできないから。でも同情じゃない。なぎさちゃんが心配なんだ。それだけはわかって欲しい』
「なんでも欲しいもの言ってって言ったよね? 私が欲しいもの言ってあげようか。お兄ちゃんだよ。なんで……なんでお兄ちゃんが殺されなくちゃいけなかったの? ねぇ、早河さん! お兄ちゃんを返してよっ……!」

 なぎさはベッドの横に立つ早河の胸元を拳で何度も叩いた。その手首には痛々しく包帯が巻かれている。

早河はなぎさの手を止めずに彼女にされるがまま、なぎさの怒りと悲しみを受け止めた。
これしかできないから。この痛みを背負うことしかできないから。

『俺も親が二人とも死んでいるんだ。母さんは3歳の時に、親父は高校の時に死んでる。兄弟もいないから天涯孤独ってやつなのかな』

 泣きわめくなぎさの背中をさすりながらポツリポツリと言葉を紡ぐ。なぎさの肩がわずかに揺れた。

『それでも俺によくしてくれる人が沢山いて、家族は早死にしたけど周りの人には恵まれたのかもしれない。他人に無関心なこんな俺を気にかけてくれる人が沢山いたんだ。香道さんもそうだった』

兄の名前が出てなぎさは顔を上げた。早河は微笑して、枕を立て掛けたベッドの背になぎさの身体をそっと預けた。

『香道さんはいつも俺を気にかけてくれた。勤務後によく一緒にラーメン食べに行ったりしてね。刑事としても人間としても見習いたいところが多くて、本当に尊敬できる先輩だった。なぎさちゃんからすればふざけるなと言いたいと思うけど、俺にとっても香道さんは兄みたいな存在だった』

 泣き止んだなぎさは早河の話を黙って聞いている。早河はベッドの側の椅子に腰掛けた。

『約束するよ。香道さんの仇は必ず俺がとる。俺がやらなくちゃいけないんだ。何をしてでも』
「早河さん……」

なぎさは言葉が見つからず、困惑して早河を見つめる。早河は優しく微笑んだ。

『俺が香道さんの仇をとるのをなぎさちゃんには見届けて欲しい。そのためにも君は生きて。これ以上自分を傷付けてはダメだ。なぎさちゃんが泣いてばかりだと香道さん、シスコンだから心配で成仏できなくて、幽霊になってその辺うろついてるかもしれないよ?』
「……お兄ちゃんならありえるかも」

なぎさが少しだけ笑顔になった。その顔を見れただけでもここに来た意味はある。

 そのあと途切れ途切れに会話を交わし、早河が持ってきたケーキをなぎさが食べているところに友里恵が病室に戻ってきた。

 なぎさと友里恵にまた来ると告げて早河は病院を後にする。明日は停職が明ける日。

2週間振りの職場復帰が迫っていた。
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