早河シリーズ第一幕【影法師】
身体を起こした柄シャツの男は寝ぼけ眼でなぎさを見ている。彼は悪気のない素振りで首を傾げた。
『アユミ……じゃない。えーっ……誰?』
「誰ってそれはこっちのセリフよ! あなた誰ですか? ここは早河さんの探偵事務所のはずじゃ……」
『ああ……早河さんに用がある人? 依頼人? 立てる?』
男はなぎさの話に合点がいったらしい。彼は呑気にあくびをして立ち上がり、床に座り込むなぎさに片手を差し出した。
人違いでセクハラされたばかりの男の手をとる気にはなれなかったが、好意を突っぱねるわけにもいかない。
なぎさは差し出された男の手をとって立ち上がる。大きくて温かな手だった。
「依頼人ではないです。でも早河さんを訪ねて来ました」
『そっかそっか。残念だけど早河さん今いないんだよね。……って、見てわかるか。銀行とか煙草買いにとか、まぁちょぉっとそこまで出掛けてるだけだから、すぐに帰ってくるよ。あ、お茶いる? 俺、これでもコーヒー淹れる才能はあるんだよねー』
「はぁ」
この男は何者なのか。早河の関係者であることは間違いなさそうだが正体不明の彼のペースについていけない。
「あなたは早河さんのお知り合いですか?」
『俺? んー……お知り合いって言うか、友達と言うか仕事仲間と言うか。そんな関係をもう10年続けているなぁ。コーヒーでいいなら出せるけど』
「じゃあコーヒーを……」
『おっけー。座って待っててね』
男はなぎさにウインクして部屋の奥に行ってしまった。
何と言うのか、とてもチャラい。早河にあんなに軽くてチャラチャラした知り合いがいたことが意外だった。
それも10年の付き合いになるとは。
(そもそも私、早河さんのことよく知らないんだよね)
とりあえずコーヒーと早河の到着を待つことにしてなぎさはソファーに腰を降ろした。
部屋の奥から鼻歌が聞こえてくる。訳のわからない陽気な男だ。
『俺は矢野って言うんだ。さっきも言ったけど、一応は早河さんの仕事仲間』
矢野と名乗る男がコーヒーカップを二つ持って戻って来た。
『ミルクと砂糖いる?』
「はい。仕事仲間って警察ではなく探偵の仕事の?」
『そうそう。今は探偵の方の、ね』
なぎさはコーヒーに砂糖とミルクを入れて一口飲んだ。意外と言うのは失礼だが、矢野のチャラチャラした見た目からは想像もできないほど彼の淹れたコーヒーは美味しかった。
本当にコーヒーを淹れる才能はあるようだ。
矢野はなぎさの向かい側に座り、コーヒーにミルクも砂糖も入れずにブラックで飲んでいる。
『情報屋ってわかる?』
「情報屋? なんですか、それ?」
首を傾げたなぎさの反応に矢野は快活に笑った。
『まぁそうだよねー。君みたいな子には縁のない世界だと思う。簡単に言えば情報を仕入れて金稼ぎする仕事。ブラックかホワイトならわりとブラック寄りの職業だろうね』
「はぁ……ブラック?」
よくわからないが普通の勤め人でないことだけは、矢野の服装を見ても一目瞭然だった。
『で、仕入れた情報を早河さんに渡すのが俺の仕事』
「なるほど……だから仕事仲間なんですね」
やっと矢野と早河の関係が繋がった。世の中は知らない職業で溢れている。
きっとまだまだ自分の知らない世界がある。
『アユミ……じゃない。えーっ……誰?』
「誰ってそれはこっちのセリフよ! あなた誰ですか? ここは早河さんの探偵事務所のはずじゃ……」
『ああ……早河さんに用がある人? 依頼人? 立てる?』
男はなぎさの話に合点がいったらしい。彼は呑気にあくびをして立ち上がり、床に座り込むなぎさに片手を差し出した。
人違いでセクハラされたばかりの男の手をとる気にはなれなかったが、好意を突っぱねるわけにもいかない。
なぎさは差し出された男の手をとって立ち上がる。大きくて温かな手だった。
「依頼人ではないです。でも早河さんを訪ねて来ました」
『そっかそっか。残念だけど早河さん今いないんだよね。……って、見てわかるか。銀行とか煙草買いにとか、まぁちょぉっとそこまで出掛けてるだけだから、すぐに帰ってくるよ。あ、お茶いる? 俺、これでもコーヒー淹れる才能はあるんだよねー』
「はぁ」
この男は何者なのか。早河の関係者であることは間違いなさそうだが正体不明の彼のペースについていけない。
「あなたは早河さんのお知り合いですか?」
『俺? んー……お知り合いって言うか、友達と言うか仕事仲間と言うか。そんな関係をもう10年続けているなぁ。コーヒーでいいなら出せるけど』
「じゃあコーヒーを……」
『おっけー。座って待っててね』
男はなぎさにウインクして部屋の奥に行ってしまった。
何と言うのか、とてもチャラい。早河にあんなに軽くてチャラチャラした知り合いがいたことが意外だった。
それも10年の付き合いになるとは。
(そもそも私、早河さんのことよく知らないんだよね)
とりあえずコーヒーと早河の到着を待つことにしてなぎさはソファーに腰を降ろした。
部屋の奥から鼻歌が聞こえてくる。訳のわからない陽気な男だ。
『俺は矢野って言うんだ。さっきも言ったけど、一応は早河さんの仕事仲間』
矢野と名乗る男がコーヒーカップを二つ持って戻って来た。
『ミルクと砂糖いる?』
「はい。仕事仲間って警察ではなく探偵の仕事の?」
『そうそう。今は探偵の方の、ね』
なぎさはコーヒーに砂糖とミルクを入れて一口飲んだ。意外と言うのは失礼だが、矢野のチャラチャラした見た目からは想像もできないほど彼の淹れたコーヒーは美味しかった。
本当にコーヒーを淹れる才能はあるようだ。
矢野はなぎさの向かい側に座り、コーヒーにミルクも砂糖も入れずにブラックで飲んでいる。
『情報屋ってわかる?』
「情報屋? なんですか、それ?」
首を傾げたなぎさの反応に矢野は快活に笑った。
『まぁそうだよねー。君みたいな子には縁のない世界だと思う。簡単に言えば情報を仕入れて金稼ぎする仕事。ブラックかホワイトならわりとブラック寄りの職業だろうね』
「はぁ……ブラック?」
よくわからないが普通の勤め人でないことだけは、矢野の服装を見ても一目瞭然だった。
『で、仕入れた情報を早河さんに渡すのが俺の仕事』
「なるほど……だから仕事仲間なんですね」
やっと矢野と早河の関係が繋がった。世の中は知らない職業で溢れている。
きっとまだまだ自分の知らない世界がある。