早河シリーズ第一幕【影法師】
外の階段を上がる音が聞こえて矢野が扉の方へ顔を向けた。
『帰って来たな』
矢野の言葉から数秒遅れて扉が開き、この事務所の主である早河仁がコンビニの袋を提げて入ってきた。
『おっかえりー、マイダーリンー!』
『……は?』
軽い調子で出迎える矢野とは対照的に、早河は室内にいるなぎさを見て呆気にとられている。
『……なぎさちゃん?』
「お久しぶりです」
なぎさは立ち上がって早河に会釈する。困惑する早河はとりあえずデスクにコンビニの袋を放り投げ、いまだ状況が掴めない様子でなぎさを見据えた。
『どうしてなぎさちゃんがここに? どうやってこの場所……』
「母に聞きました」
『そうか。一応、香道さんの家にはここの住所知らせておいたんだ』
過去の自分の行いを完全に失念していた。苦笑いして額に手を当てる早河となぎさを矢野は交互に見た後、早河に耳打ちした。
『早河さん、今、香道さんって言いました? まさかこの子……』
『香道さんの妹さんのなぎさちゃんだ』
『まじっすか! 香道さんの妹? うわぁ……ヤバいヤバい! 俺、さっきアユミと間違えてこの子のことぎゅっとしちゃったんですよっ。まずい!』
慌てふためく矢野を早河が小突く。
『お前まさかなぎさちゃんに手を出したんじゃ……』
『いやいやいや! 手は出してない! 香道さんの妹に手を出すなんて考えただけで恐ろしい!』
「……あのー!」
自分の存在を忘れられている気がしてなぎさは早河と矢野のやりとりを強制的に止めた。二人の男が同時になぎさを見る。
「矢野さんも兄とお知り合いだったんですか?」
『あー……うん。香道さんとも一緒に仕事した仲だから……。それにしても妹か。確かにちょっと似てるかも』
矢野がまじまじとなぎさを眺めて溜息をついた。早河はなぎさの横に置かれた赤色のキャリーケースに目を留める。
『今日はどうしたの? 荷物すごいけど旅行にでも行くの?』
「家出してきました」
『……家出?』
早河の言葉に重なって矢野が口笛を吹く。まったく状況が飲み込めない。
『家出ってなんで……』
「父と喧嘩して家を出てきました」
早河は唖然としてすぐには言葉が出てこない。 なぎさが一歩前に進み出て早河に頭を下げた。
「早河さん。私をここで雇ってください。タダ働きでもいいんです。雑用でも掃除でも電話番でもなんでもします。私にも兄を殺した人間を追わせてください。お願いします!」
去年の夏よりも少し短くなったなぎさの髪が揺れていた。早河は頭を下げるなぎさを一瞥してリクライニングチェアーに腰を降ろす。
『なぎさちゃんはお兄さんを殺した人間とそいつが支配する組織のことをどれだけ知ってる?』
早河の声は冷静さを取り戻していた。なぎさが顔を上げる。
「それは……よくは知りません。ニュースでも報道されてなくて……」
『組織の情報は警察が報道規制をしているからね。お兄さんを殺した人間は、ある犯罪組織のトップの男だ。そいつはトップを継承するために自分の父親と俺の父親を殺している』
「早河さんのお父さんを……?」
早河の両親の他界は彼自身の口から聞いてはいるが、殺されたとは思わなかった。何も言えなくなったなぎさは戸惑いの視線を落とすだけ。
『帰って来たな』
矢野の言葉から数秒遅れて扉が開き、この事務所の主である早河仁がコンビニの袋を提げて入ってきた。
『おっかえりー、マイダーリンー!』
『……は?』
軽い調子で出迎える矢野とは対照的に、早河は室内にいるなぎさを見て呆気にとられている。
『……なぎさちゃん?』
「お久しぶりです」
なぎさは立ち上がって早河に会釈する。困惑する早河はとりあえずデスクにコンビニの袋を放り投げ、いまだ状況が掴めない様子でなぎさを見据えた。
『どうしてなぎさちゃんがここに? どうやってこの場所……』
「母に聞きました」
『そうか。一応、香道さんの家にはここの住所知らせておいたんだ』
過去の自分の行いを完全に失念していた。苦笑いして額に手を当てる早河となぎさを矢野は交互に見た後、早河に耳打ちした。
『早河さん、今、香道さんって言いました? まさかこの子……』
『香道さんの妹さんのなぎさちゃんだ』
『まじっすか! 香道さんの妹? うわぁ……ヤバいヤバい! 俺、さっきアユミと間違えてこの子のことぎゅっとしちゃったんですよっ。まずい!』
慌てふためく矢野を早河が小突く。
『お前まさかなぎさちゃんに手を出したんじゃ……』
『いやいやいや! 手は出してない! 香道さんの妹に手を出すなんて考えただけで恐ろしい!』
「……あのー!」
自分の存在を忘れられている気がしてなぎさは早河と矢野のやりとりを強制的に止めた。二人の男が同時になぎさを見る。
「矢野さんも兄とお知り合いだったんですか?」
『あー……うん。香道さんとも一緒に仕事した仲だから……。それにしても妹か。確かにちょっと似てるかも』
矢野がまじまじとなぎさを眺めて溜息をついた。早河はなぎさの横に置かれた赤色のキャリーケースに目を留める。
『今日はどうしたの? 荷物すごいけど旅行にでも行くの?』
「家出してきました」
『……家出?』
早河の言葉に重なって矢野が口笛を吹く。まったく状況が飲み込めない。
『家出ってなんで……』
「父と喧嘩して家を出てきました」
早河は唖然としてすぐには言葉が出てこない。 なぎさが一歩前に進み出て早河に頭を下げた。
「早河さん。私をここで雇ってください。タダ働きでもいいんです。雑用でも掃除でも電話番でもなんでもします。私にも兄を殺した人間を追わせてください。お願いします!」
去年の夏よりも少し短くなったなぎさの髪が揺れていた。早河は頭を下げるなぎさを一瞥してリクライニングチェアーに腰を降ろす。
『なぎさちゃんはお兄さんを殺した人間とそいつが支配する組織のことをどれだけ知ってる?』
早河の声は冷静さを取り戻していた。なぎさが顔を上げる。
「それは……よくは知りません。ニュースでも報道されてなくて……」
『組織の情報は警察が報道規制をしているからね。お兄さんを殺した人間は、ある犯罪組織のトップの男だ。そいつはトップを継承するために自分の父親と俺の父親を殺している』
「早河さんのお父さんを……?」
早河の両親の他界は彼自身の口から聞いてはいるが、殺されたとは思わなかった。何も言えなくなったなぎさは戸惑いの視線を落とすだけ。