早河シリーズ第一幕【影法師】
『奴は人を殺すことに罪悪感を感じない。自分の父親を平気で殺せる人間だ。そんな男が牛耳る組織も、君の想像以上に恐ろしい犯罪者集団の集まりだろう。そんな奴らを俺は追っている。俺にはアイツを追う理由があるから。父親の仇と先輩の仇、それに友人として……』
「友人? そのトップの男と早河さんは友達なんですか?」
『友達だった、だろうね。高校時代の話だよ。矢野、俺にもコーヒー』
『はいはい』

 矢野が事務所の奥に下がる。ふたりきりになった室内でなぎさは無言で早河を見つめた。

『俺は刑事を辞めてでも、どんな手段を使ってもアイツの犯罪を止めてアイツの組織を潰すために生きている。だけど君はそんな血生臭いものとは無関係でいて欲しい。俺と一緒に犯罪者を追おうなんて考えちゃいけない』
「でも私は……」
『悪いけど君を雇う気はない。帰ってくれ』

 彼は冷たく言い放った。なぎさはそれ以上は何も言わずにキャリーケースを引いて事務所を出ていく。

家出をしてきた彼女はあのキャリーケースを抱えてこれからどこに行くのだろう?

『雇ってあげればよかったんじゃないですか。なにもあんな冷たくしなくても』

矢野が淹れたてのコーヒーを早河のデスクに置いた。早河はぼんやりと窓の外を眺めている。空が次第に夕焼け色に染まっていく。

『これは命懸けの仕事だ。いつ貴嶋やカオスの連中に命を狙われるかわからない。俺やお前ならともかく、なぎさちゃんを危険と隣り合わせの世界に巻き込めない。もしあの子に何かあればご両親や香道さんに申し訳ない』
『それはわかりますよ。でもあの子も冗談や遊びで言ってるわけでもないでしょ。兄を殺した男を捕まえたい気持ちはわかりますしね』
『……過去に囚われるのは俺だけで充分だ。あの子には好きなように生きて欲しい』

 コーヒーを飲んで早河は独りごちる。本当は去っていくなぎさを追いかけるべきだったのか……追いかけたところで何もしてやれない。

『俺はできれば早河さんにも過去に囚われずに自由に生きてもらいたいですよ』

矢野は肩をすくめて天井を仰いだ。窓から差し込む夕暮れの赤い光の筋が天井を彩っていた。
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