早河シリーズ第一幕【影法師】
 店内にはビリヤードやダーツができるスペースがあり、男性客が酒を片手にゲームに興じている。露出した派手な衣装の女がステージで扇情的に踊っていた。

(何ここ……。バー? パブ? えっと、バーとパブの違いってなんだっけ? こういう所はキャバレーって言うの?)

まさかこんな“いかがわしい”店に連れて来られるとは思わず、なぎさは横に立つ早河を見上げる。彼はカウンターにいる人物に片手を挙げていた。

「ジンちゃーん! いらっしゃーい」

 カウンターの内側で早河を出迎えたのは女性……ではなく女装をした中年の男。

『ママ。タケさんは?』
「いつもの部屋よぉ。あら、その子、ジンちゃんの新しい女ぁ?」

ママと呼ばれたその人は声も男性そのもの。ウェーブした栗色のロングヘアーはウィッグかもしれない。

『違うよ。この前話した助手の香道なぎさ』
「……はじめまして」
「ああ、家出して雇ってくれー! って押し掛けてきた世間知らずの例のお嬢ちゃんね」

ママ(?)の品定めするような視線がなぎさの全身を巡る。なぎさは色んな意味でママの敵意を感じて萎縮した。

「ま、いいわ。二人で行ってらっしゃい」

 ママが早河にクレジットカードに似たカードを渡した。そのカードの正体を早河に訪ねる暇もなく、彼が先に歩き出す。

『なぎさ、行くぞ』
「あっ、はいっ!」

 ステージで踊る女の前を通過して二人は店の奥に足を進める。奥に大きな鉄の扉があり、扉の横にはカード差し込み口とテンキーがついている。高級マンションのオートロックさながらの厳重さだ。

 早河がカード差し込み口にママに渡されたカードを差し、4桁の暗証番号を打ち込んだ。解除音と共に鉄の扉が自動でゆっくり開かれる。

早河が会わせたい人間がこの向こうにいるらしい。中で誰が待っているのかなぎさには想像もつかない。

 早河となぎさが鉄の扉の内側に入ったのをセンサーで確認した扉は、また自動でその口を閉ざした。
< 77 / 83 >

この作品をシェア

pagetop