早河シリーズ第一幕【影法師】
 鉄の扉の先には長い廊下が続く。等間隔で左右に銀色の扉が並び、扉にはナンバーがついていた。
鉄の扉の外と中では世界が真逆だ。扉の外が賑やかなキャバレーなのに対し、扉の中の空間は静寂に包まれ人の気配がない。

『ここから先はビジネスルームと呼ばれている。すべての部屋が完全防音になっているんだ。ママから渡されるカードキーと暗証番号を知ってる者しかここには入れないし、ビジネスルームの存在を知る人間も少ない。店自体が会員制だが、ここに入れるのはその中でも一握りの人間だけだ』
「凄い設備ですね」
『秘密の話をするには最適な場所ってこと。何せここを作った本人が秘密主義の人だからな』
「ここを作った人って?」
『今から会える』

 彼はナンバー15の部屋の前で立ち止まった。インターホンを押すと数秒でロックの外れる音が聞こえた。

『失礼します』

 銀色の扉を押し開けて早河はなぎさを連れて中に入った。6畳程度の部屋には丸テーブルとソファーが置かれ、ソファーにはスーツを着た紳士が座っていた。

『おお、仁。やっと来たか。待ちくたびれたぞ』

 紳士は陽気に笑って二人を迎える。笑った顔はどこか情報屋の矢野一輝にも似た雰囲気を持つ老紳士は、なぎさに視線を移した。

『しかし仁は昔からいい女ばかり引っ掛けてくるなぁ。そういうところまで武志そっくりだ。気に食わない』
『タケさん。何度も言うけど彼女は助手。なぎさ、この変な親父は武田健造。名前聞いたことないか?』

 なぎさは首を傾げる。武田はよくある姓だが、武田健造《たけだ けんぞう》と聞いてもピンと来ない。
日本に数名は同姓同名がいそう……との印象しかない。

「すみません。お名前に心当たりはなくて……」
『だ、そうですよー。若い女の子にはタケさんの知名度はないらしい。残念だったね』

 子供っぽく笑う早河はこの武田に心を許していると見える。早河となぎさはL字型のソファーの端に座った。
武田は明らかに気落ちして眉を下げる。

『まぁ仕方ないねぇ。私の夢は街で女の子にサインをねだられることなんだが。お嬢さん、これからは私の顔と名前を覚えていてね。私は武田健造、この国の財務大臣をしているよ』
「財務大臣っ……?」

目の前の紳士が財務大臣と知ったなぎさはさらに困惑する。
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