早河シリーズ第一幕【影法師】
 確かにスーツを着こなす武田は身なりも上等で風格がある。醸し出す雰囲気も一般人とは一線を画していた。

『タケさんは俺の親父の友達なんだ』
『こいつの親父とはよく女を取り合って喧嘩をしたものだよ。仁の母親の美知子さんも最初は私が目をつけたのに、武志がかっさらっていってねぇ。本当にあの時はもう……』
『ターケーさーん。昔話はいいって。あと、母さんは最初から親父一筋でタケさんには見向きもしなかったって母さんの方のばぁちゃんが言ってたぞ』

 フンと鼻息を漏らして武田は酒をグラスに注いだ。なぎさが慌てて武田に酒を注ごうとするが彼はそれをやんわりと片手で制して、にこやかになぎさを眺めている。

『酌をしてもらうためにあなたを呼んだんじゃないから、そんなことをしなくてもいいんだよ。お嬢さんの事情は仁に聞いてる。お兄さんのこともね。それで仁の所に乗り込んでくるとは大した子だねぇ。名前は何と言ったかな?』
「香道なぎさです」
『良い名前だ。なぎささん、これから先、もしかすると君にも命の危険が伴うことがあるかもしれない。それでも君は仁の助手を続けられるかい?』

武田の質問になぎさは居住まいを正した。

「正直に言えば、危険が伴うと言われても私はまだよくわかっていないことが多いと思います。兄は警察官でしたけど、私は今まで犯罪者とは無縁の暮らしをしていたので……。これから先のことは想像もつきません。でもやりたいんです」
『うん。いいね。素直でとても良い。お前がほだされたのもわかるな』

 武田が横目で早河を見て口元を上げる。早河は憮然として、テーブルの上のノンアルコールドリンクの蓋を開けた。

ママが用意した酒のつまみは武田がほとんど平らげてしまったようで、早河はなぎさのために内線電話で軽食を注文した。

『タケさんは昔、俺の親父と一緒にカオスを追っていたんだ。俺も警察を辞めてから初めて知ったんだけどな。ついでに言うと、俺の活動費やなぎさの給料はタケさんのポケットマネーから出てる』
「そうなんですかっ? じゃあ武田さんにお給料をいただくことになるんですね」

 なぎさはママが運んできた軽食のクラブハウスサンドイッチを頬張る。ここに来て緊張で空腹も感じなかったが、サンドイッチは美味しかった。
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