早河シリーズ第一幕【影法師】
 コーヒーを飲み終えてなぎさはEdenを後にする。Edenを出たなぎさの後ろ姿をサングラスをかけた女が見つめていた。

 黒色のシフォンブラウスにジーンズ姿の女はEdenの扉を開けて階段を上がる。女の履く赤いハイヒールが音を奏でた。

ざわつく店内で彼女は真っ直ぐにカウンター席に向かう。なぎさの接客をしていた中年の男が女に気付いた。

『予定より遅かったですね』
「入ろうとした時にあの子が来たから、しばらくカクレンボしてたの。鉢合わせると厄介でしょう?」
『貴女《あなた》はまだカクレンボの必要がありますものね。ちょうどこちらに座っていましたよ』

 彼女はさっきまでなぎさが座っていた席に座り、サングラスを外した。

『いつものでよろしいですか?』
「あの子は何を頼んだの?」
『本日のおすすめブレンドを』
「私も同じものをお願い」
『かしこまりました』

 男は他のどの客よりも丁重に女をもてなす。彼女は携帯電話を開いてニュース画面を見下ろした。

〈事件発生から1ヶ月。埼玉女子高生殺人事件、暴かれた衝撃の真相!〉
〈埼玉不動産会社 社長夫妻殺人事件、犯人の手掛かり未だ掴めず〉
〈樋口コーポレーション、豊岡建設を吸収合併〉

ニュースの見出しを見れば大方の内容はわかる。埼玉の方は最近特に騒がしい。

「埼玉の例の事件、派手に報道されてるのね。キングが面白がっていたのよ」
『同じ日に埼玉で二つの殺人が起きましたからね。偶然が重なったんです』

 この国に蠢く闇。潜むもの。彼らはその中枢を知る者。

「偶然とは面白いものね」
『これからが楽しみですね』
「そうね。これからどうなるのか。……香道なぎさ。偶然か必然かこれも宿命か」

頬杖をついて携帯画面を眺める女を見て男は苦笑した。

『そうやって何かをお考えになっている時の貴女はキングと同じ顔をしていますね』
「ふふっ。それって褒め言葉?」

 彼女はクリーム色のコーヒーカップを持ち上げ、コーヒーを一口飲んだ。猫に似た瞳が優しく笑う。

「やっぱりスコーピオンの淹れるコーヒーが一番美味しいわね」
『ありがとうございます。貴女にそう言っていただけることが私には何より幸せなことです』

スコーピオンは丁寧に頭を下げた。

この出会いは偶然か必然か。
それとも……宿命か。



早河シリーズ第一幕【影法師】ーEND
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