早河シリーズ第二幕【金平糖】
12月9日(Tue)

 午前7時の太陽はまだ輝きが弱く、薄曇りの今日は太陽よりも北風の勢力が強い。日の当たらない渋谷の高架下は身震いする寒さだった。
警視庁捜査一課警部の上野恭一郎は部下の原昌也を連れて、高架下に張られた規制線の黄色いテープを潜った。

『ここめちゃくちゃ冷えますね』

原はコートの襟に首をすぼめて両腕をさする。高架下の壁にはスプレーで落書きが描かれ、本来は灰色のコンクリートが鮮やかな色で賑わっていた。

『こんな場所で若い女の子が最期を迎えたと思うとやりきれないな』

上野は道路に仰向けに倒れている人間の側に立ち、黙祷した。すでに冷たくなっている“人間だったもの”は、まだ若くあどけない、少女と呼ぶに相応しい顔立ちだった。

 少女の髪は明るい茶髪に染められ、片方だけ外れたピアスが道に転がっている。服装は白いファーのコートにミニスカート。スカートから伸びる太ももは生気を失って異様に白い。
少女の左胸にはナイフが突き刺さっている。そのむごたらしい有り様に刑事人生の長い上野も目を背けたくなった。

『ガイシャは倉木理香。学生証を所持していました。聖蘭学園の3年です』

 刑事が上野に学生証を渡す。上野は白い手袋をつけた手で学生証の表紙をめくり、証明写真と死体の顔を見比べた。
学生証の証明写真の理香は茶髪ではなく黒髪、化粧もしていない清楚な雰囲気の少女だ。

『また聖蘭学園? これで三人目ですよ』

 原が眉をひそめて上野の手元の倉木理香の学生証を覗き込んだ。生年月日の記載を見ると理香の誕生日は2月。
彼女はまだ18歳にもなっていなかった。

『原。またなのは聖蘭学園だけじゃなさそうだ。見てみろ、死体の右手』

上野は死後硬直の進んだ理香の固まった右手を指差した。

『まさか……』
『こっちもまた、だ』

 死後硬直した右手の間から何かが見える。上野と原は身をかがめてそこにある物を凝視した。
赤と黄色とオレンジの金平糖が三つ、理香の青白い手のひらに転がっていた。
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