早河シリーズ第二幕【金平糖】
 午後2時の5分前に依頼人の高山政行が早河探偵事務所を訪れた。大学病院の精神科に勤務する高山は落ち着いた風格の紳士だったが、目の下にはクマが現れていて疲労の色が顕著だった。

なぎさは高山にコーヒーを出す。彼はコーヒーを一口飲むとハッとした顔でなぎさを見た。

『このコーヒー、とても美味しいですね』
「ありがとうございます。すぐそこのEdenと言う珈琲専門店の豆を使っているんですよ」
『そう言えばここに来る前にそんな店を見掛けた気がします』

美味しいコーヒーを飲んで高山は少しだけ生気を取り戻せたらしい。

『高山さん、お嬢さんの写真はありましたか?』
『家中探しても娘の写真はこれだけしかなくて。小さい頃のものならたくさんあったんですが……』

 申し訳なく眉を下げて高山は早河に写真の束を渡す。束と言っても全部で五枚。すべて学校で撮られたスナップ写真だ。
そのうちの一枚はロープウェイと緑の山脈を背景にして制服姿の少女が四人、ピースサインをしている。

『この一番右端が有紗です。去年の春なので今とそう変わっていません』

高山が黒髪をポニーテールにした少女を指差した。今の有紗は高校2年生、写真が去年の春ならばこれは高校入学直後の高山有紗だ。

 なぎさは有紗の着ている制服に覚えがあった。

「この制服……お嬢さまは聖蘭学園の生徒ですか?」
『ええ。聖蘭学園に通わせています』
「私も聖蘭学園の出身なんです」
『そうなんですか! これは偶然ですね。いえ、実は早河さんを紹介していただいたのは有紗の担任の先生なんですよ。有紗のことを相談した時に先生がこの探偵事務所を教えてくださって』

早河となぎさは顔を見合わせた。

『なぎさ、母校の誰かにここで働いてるって話したのか?』
「いいえ……この2年ほどは学校にも顔を出していません。私の仕事のことは聖蘭学園の先生は誰も知らないはずです」

(なぎさの関係じゃないとすると……どうして聖蘭学園の教師がここの存在を知っている?)

『差し支えなければ担任の先生の名前を教えていただけますか?』
『佐伯先生です。下の名前は確か洋介さんだったかな……。温厚でしっかりした良い先生ですよ。有紗は1年生の時から佐伯先生に担任をしてもらっています』

 聖蘭学園教師の佐伯洋介……早河には聞き覚えのない名前だ。

(探偵として人に勧められるような実績はないし、刑事時代に担当した事件の関係者か?)
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