早河シリーズ第二幕【金平糖】
 西日が差し込む無人の美術室。いくつかの机には生徒が描いた水彩画が並べられている。

 美術室の隣には美術準備室がある。朝倉修二は音を立てないようにして準備室の中に入った。目の前の石膏像が侵入者の朝倉を睨み付けている。

山積みのダンボールの向こうに華奢な身体が見えた。彼女はかがみこんでダンボールの中身を探っている。
朝倉は彼女の細い腰に手を回して抱き付いた。

「きゃっ……!」

神田友梨が悲鳴をあげた。彼は友梨の口を手で塞ぐ。

『静かに』
「……朝倉先生?」
『あなたがいけないんですよ。あなたが俺を見てくれないから……』
「何を言っているんですか?」

 友梨のウエストラインをなぞる朝倉の手が彼女の胸下に到達した。その手つきの気持ち悪さに友梨は鳥肌が立った。

『どうして俺じゃないんですか?』
「え?」
『知ってるんですよ。あなたと佐伯が付き合っていること。俺はずっとあなたを見てきたのにあなたは俺に見向きもせずにあんな奴と』

朝倉は友梨の拘束を解いた後、準備室の扉を閉めて内側から鍵をかけた。

『終わるまで邪魔されたくないので。鍵はここにありますから誰も準備室に入って来れない。今日は美術部の活動がない日ですよね。ここに来る人間なんて美術教師のあなただけだ。何が起きても誰も気付かない』

 手に持つ美術準備室の鍵をゆらゆら揺らして朝倉は友梨に近付いた。彼女は恐怖で声も出ず、一歩ずつ後退る。

 朝倉が友梨の腕を掴んで無理やりキスをしようとした。抵抗しても男の力には勝てず、友梨は準備室の長机の上に押し倒された。
机に置いてあった絵の具や絵筆の束が乱雑に落ちる。使いかけのアクリル絵の具のパレットも音を立てて落下した。

美術教師の友梨にとって大事な絵筆たちを朝倉は平然と踏みつけた。彼はベルトを外し、にたにたと下劣に笑いながら自身のズボンのジッパーを下げる。

 朝倉は友梨に覆い被さりキスをした。下半身に押し当てられる男のそれの感触に友梨が絶望を感じたその時、校内放送の軽やかなメロディが流れた。

{先生のお呼び出しです。朝倉先生、来客がいらしています。至急、職員室にお戻りください}

校内放送から聞こえてきたのは朝倉が憎らしく思う佐伯洋介の声だ。

『佐伯の奴……良いところで邪魔しやがって……』

舌打ちした彼は友梨から離れた。上げにくそうにズボンのジッパーを上げ、ベルトをつけ直す。

『俺はあなたを諦めません』

 朝倉が床に転がる絵筆を蹴り飛ばして準備室を出ていく。友梨は何度も袖口で唇を拭い、その場に泣き崩れた。
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