早河シリーズ第二幕【金平糖】
プロローグ
 夜の街を彷徨《さまよ》う少女たちはひとときの温もりを求めて居場所を探す
季節は冬
こんな肌寒い夜は誰かの温もりが欲しい
ねぇ誰でもいいから 私をあたためて

誰もいない冷えきった部屋
「おかえりなさい」なんて言葉
もう何年も聞いてない

ねぇ誰か。誰でもいいの
私を必要として
私だけを見て
私を愛して……

        *

2008年11月4日(Tue)

 そこは少女たちの楽園と言う名の避難場所。夜の渋谷は今日も官能的な香りで男と女を惑わせる。

「理香、今月何人だった?」
「んー……六十人くらい」
「勝ったぁ! 私七十八人!」

 中村瑠璃はヒョウ柄の手帳を誇らしげに倉木理香に見せた。理香は長く伸ばした爪の一本一本に丁寧にゴールドラメのマニキュアを塗りながら瑠璃の手帳を一瞥する。
瑠璃と理香が一緒に写るプリクラが貼られた10月のカレンダーにはピンクのペンで78と書かれていた。

「瑠璃は今日誕生日だったからお客よく来たよね」
「まぁねー。平日なのにみんな昼間からよく来るよねぇ。大人って意外と暇人?」
「瑠璃の太客は社長やお金持ち多いし、そういう奴らってただ座ってても稼いでる奴らだから昼間から遊んでるのかもね。私の客なんて冴えない男ばっかり」

ゴールドラメに彩られた理香の10本の爪が照明に当たってキラリと光った。

「でも理香のお客はこんな所に来そうもない、イイ人っぽいおっさん多くない? 見た目は冴えないけどさ」
「家庭では良いお父さんなタイプの男達ではあるねー。奥さんが相手してくれないって愚痴聞かされる」
「あるあるだねぇ。理香ってなんかそういうの聞いてくれる雰囲気あるんだよね。男が甘えられるマリア様みたいな?」

ピンク色のサテンのカーテンが開いてドレッドヘアの男が顔を覗かせた。

『瑠璃ちゃん指名だよ。いつもの岩田さん』
「はぁーい。じゃ、いってくるね」

 理香を残して瑠璃はカーテンの奥に向かう。一歩入ればもうそこは夜の楽園。甘美な夢の遊園地。

「岩田さん! 今日も来てくれてありがとう!」

彼女は笑顔で男に抱き付いた。岩田と呼ばれた男は慣れた手つきで瑠璃の髪を撫でている。

 ここが私の居場所
18歳の誕生日を祝ってくれるのはここにいるメンバーとお客さんだけだ
親からの誕生日プレゼントもおめでとうの言葉も何年も貰ってない

でもいいの
私にはここが、〈MARIA〉があるから
ここに居ればみんな優しくしてくれる
友達もお客さんもいる
みんな私を必要としてくれる
ただ一時のぬくもりが欲しくて
ただ一時の愛情が欲しくて
私は今日もここに居る。

 裸でベッドに崩れ落ちる男と女。瑠璃の細い首に岩田の両手が絡み付き、彼は瑠璃の首を絞めた。
苦しそうにも気持ち良さそうにも聞こえる瑠璃の呻き声を聞きながら、岩田は瑠璃の上で狂ったように腰を振る。生と死のギリギリの境界線で感じる悦《よろこ》びに彼らは浸った。

 ――カチカチカチカチ
ゼンマイ巻いたら鳴り出した
それはオルゴールの祝福の音色

ステージには金色の髪のバレリーナ
後ろにはクリスマスツリーの聖なる7色の灯り

冬の夜空のオリオン座のように
星屑みたいな金平糖がキラキラキラキラ輝くよ
それは死への祝福の輝き

ファンファーレが鳴り出した
彷徨う少女たちよ、準備はいいかい?

さぁ始めよう
彷徨う少女たちよ、愉快で快楽的な遊びの生け贄となれ
たのしいショーのはじまりはじまり
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