早河シリーズ第二幕【金平糖】
 早河の車がなぎさのマンションの手前で停車した。ここを訪れるのはゴールデンウィークになぎさの引っ越しを手伝った時以来だ。

 四階建てマンションの三階がなぎさの部屋。鍵を開けて入るとワンルームの室内に置かれた赤いソファーが真っ先に目に入る。
ソファーでは有紗が寝そべって漫画を読んでいた。テーブルにはなぎさの物と思われるマグカップと食べかけのクッキーの箱が放置されている。

この家出娘は人の家でも遠慮の欠片もなく、大人達の苦労も知らずにすっかり安息の地でくつろいでいた。早河は心の中で溜息をついた。

「お帰りなさーい。早河さんも一緒でどうしたの?」

 呑気にクッキーを頬張るこの少女が殺人事件に関係しているとは考えられないが、金平糖の件は気掛かりだ。

『今から警察が事務所に来るから有紗も一緒に来てくれ。警察が有紗に話を聞きたいそうだ』
「ケーサツが私に何の用? 家出は犯罪じゃないでしょ?」

有紗は明らかに嫌な顔をして両脚をバタつかせた。高校生にとっては警察とは嫌な大人の象徴と言える。

『家出の件じゃない。聖蘭学園の生徒の殺人事件についてだ』
「事件の……? なんで私が?」
『詳しくは話せない。ただ、その事件には金平糖が関わっているようだ。金平糖、持ち歩いているだろ?』

有紗はハッとしてテーブルの上でお菓子に紛れて置かれている猫柄の巾着袋に視線を落とす。ピンクの布地に黒猫柄の巾着袋は高校生の有紗が持つには幼い印象を与えた。

「私は何もやってない。事件のことも知らないよ! MARIAにだって入ってないもん!」
『落ち着け。有紗がMARIAと関わりがないことは警察もわかってる。有紗も自分が関係ないと証明するためにも、警察に聞かれたことは素直に答えるんだ。いいな?』

立ち上がり声を荒くする有紗を制して、早河は彼女をソファーに座らせる。

「……うん。私……逮捕されたりしないよね?」
『警察に捕まることはしてないだろ?』
「家出が犯罪じゃないならだけど」
『度が過ぎると犯罪になるかもなぁ。ここにいる分には大丈夫だ。堂々としていろ。警察ってのはな、ビクビクしてる人間ほど目をつけて追い詰めていくものだ。堂々としていれば心配ない。俺は先に事務所に戻るから、金平糖、忘れずに持ってこいよ』

 早河はなぎさの家を出て事務所に戻った。支度をした有紗を連れてなぎさは早河探偵事務所までの道を歩く。
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