早河シリーズ第二幕【金平糖】
 新宿通りの交差点を曲がって道なりに行くと早河探偵事務所が見えた。事務所の前には白い車が停まっている。

 なぎさと有紗が事務所に到着した時にはすでに警視庁の上野恭一郎と小山真紀が待っていた。有紗は上野と真紀に警戒の眼差しを向ける。その仕草はまるで野良猫だ。

早河となぎさにはなついても、基本的に有紗は大人を信用していない。大人が嫌いな上に相手が警察となれば露骨に敵意を向けるのも無理はない。

 被害者三人が金平糖を握り締めていた事実は濁して、上野は有紗に金平糖を見せてくれと頼んだ。
説明不足な点に納得いかない様子だった有紗は渋々、巾着袋ごと真紀に手渡す。真紀が金平糖を巾着から出して製品の製造元のメモをとった。

『この金平糖はいつもどこで買ってる?』
「家の近くの駄菓子屋」

上野の問いにも言葉少なげで答える有紗をみて、早河はやれやれと頭を抱えた。

 有紗に話を聞き終えた上野と真紀を早河が表まで見送る。
外の螺旋階段を降りる途中で上野は足を止め、有紗から入手した金平糖の数粒を入れたビニール袋をコートのポケットに押し込んだ。

『鑑定しないと断言はできないが、高山有紗の所持していた金平糖と現場に残された金平糖はおそらく違うものだ。目視で見ても色や形状が微妙に違った』

金平糖もメーカーによって大きさや色、形、成分が異なる。有紗が持つ金平糖と殺人現場にあった金平糖が別物であることは一目瞭然だった。

『それだけでも一安心ですよ』
『ただ彼女も聖蘭学園の生徒だ。狙われる危険性はある。気を付けてやれよ』
『はい。母親捜しもありますから保護の目的も兼ねてしばらく面倒見ますよ』

 事務所の前に停めた車の運転席に真紀が、助手席に上野が乗り込み、彼は助手席側の窓を開けた。早河が腰を低くして窓に顔を近付ける。

『なぎさちゃん少しは元気になってきたみたいだな』
『まぁ……。彼女がここに来て半年以上になりますけど、雇って良かったのか今でも後悔する時もあります』
『大丈夫だ。お前と一緒にいることがあの子の救いになっているんだろう』

上野が助手席の窓を閉め、車が大通りに向けて発進した。車内で上野は凝った肩をもみほぐす。

今日は夜明け前の熊井の事情聴取から始まり、MARIAのメンバーの聴取、そして高山有紗への聴取と途切れることなく仕事が続く。
これから渋谷北警察署に寄って合同捜査会議だ。

『高校生への聴取はなかなか気を遣うな。高山有紗もMARIAの連中も大人への敵意剥き出しだ』
「そうですね。多分みんな、今が一番大人に反発する時期なんですよ。子供扱いされたくもない、でも大人の責任を押し付けられるのも嫌でもがいている。形ばかりの家族関係で愛情に飢えていたり」
『被害者は親との関係が冷めている娘ばかりだったな。MARIAと言う組織が成り立ってしまうことが俺達大人の責任なのかもしれない』

 座席に身体を預けて彼は目を閉じた。同じ高校生でも親や周りの愛情に育まれてきた少女の顔が浮かぶ。浅丘美月《あさおか みつき》。(※)
2年前に知り合った時、美月は17歳だった。ちょうど今の高山有紗と同じ年齢だ。大学生になり、たまに連絡をくれる彼女はキャンパスライフを楽しんでいるようで微笑ましくなる。

 美月は大人に敵意を向ける少女ではなかった。MARIAにいる少女達や高山有紗と美月は何も違わない。
親の愛を感じているか、いないか。わずかな違いのようでそれは決定的に大きな違いでもあった。

(※ 早河シリーズ序章【白昼夢】主人公)
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