早河シリーズ第二幕【金平糖】
エレベーターが地下一階に到着する。ひんやりとしたエレベーターホールを進むとクラブの扉が見えた。有紗は扉を押し開けて中に入った。
照明がついていない店内はもやがかかったように薄暗く、煙草とアルコールと香水の匂いが混ざり合い澱んだ空気。頭が痛くなりそうだ。
奥のソファーに人影を見つける。あっ……と小さく声を出した後に有紗は素早く柱の影に隠れた。
ソファーには男と女がいる。薄暗い室内で横顔しか見えないが、聞こえてきた話し声から男はタカヒロだとわかった。
彼の隣には女が座っている。女も声で誰かわかった。同じ聖蘭学園のクラスメートの古賀美咲だ。
タカヒロと美咲は抱き合ってキスをしている。
(嘘……タカヒロさんと美咲が……)
有紗は美咲が嫌いだ。それは美咲も同じだろう。互いに1年生の頃から敵対心を抱いている。どうしても馬が合わない存在はいるものだ。
「ねぇー、有紗をMARIAに入れるってハナシ、どうなったの?」
『一昨日、“面接”しようとしたんだけど邪魔が入ってさ。うちも今はゴタついてるし、まぁそのうちな』
一昨日とは表参道での束の間のデートを言っているのだろう。クラブに警察が来てタカヒロが呼び出され、デートは中断してしまった。
(面接って何? MARIAって……)
「有紗と“面接”する気だったんだ。やっぱり有紗をMARIAに入れるのぉ?」
『いつかはな。有紗ちゃんって悪ぶってるくせに口説くとすぐ赤くなるし、ああいう男に免疫ないタイプに男は弱いんだぜ。有紗ちゃんは高く売れるぞ』
タカヒロの言葉を聞いて有紗は愕然とした。
やはりタカヒロはMARIAと繋がっていた。今まで彼が優しくしてくれたのもMARIAに入れるため?
MARIAに入れるための商品としてしか思われていなかった?
「そうそう、あたしねぇ、ケーサツに有紗のこと売ったの」
『売った?』
「よくわかんないけどぉ、先輩達が殺された事件に金平糖が関係してるらしくてぇ。有紗って金平糖持ち歩いてるじゃない? だから高山有紗って子が金平糖持ってるよぉーってケーサツに教えてあげたの。あたしがそれを言い出したらみんな頷いてくれてねぇ」
『ふーん。今どき金平糖って古くない? 金平糖入れてるあの袋もダサかったよな』
タカヒロと美咲は笑っていた。笑いながら二人はキスをしてソファーに崩れ落ちていく。
聞きたくもない美咲のいやらしくて甲高い声が聞こえてきて、有紗は耳を塞いだ。
もう何も聞きたくない
もう何も見たくない
もう何も知りたくない
もう誰を信じればいいのかわからない
笑いながら自分を商品扱いするタカヒロのことが怖くなった。母の手作りの巾着袋をダサいと笑われて悔しかった。
タカヒロも美咲も有紗の存在に気付いていない。二人が奏でるいやらしい音は不快な気分を煽り、有紗は震える足を懸命に動かしてクラブを出た。
早く、早く来てとエレベーターの呼び出しボタンを何度も押した。エレベーターの扉が開くまでの時間がこんなに長く感じたのは初めてだ。
エレベーターに乗り込み扉が閉まると同時に有紗の頬に涙が流れた。
照明がついていない店内はもやがかかったように薄暗く、煙草とアルコールと香水の匂いが混ざり合い澱んだ空気。頭が痛くなりそうだ。
奥のソファーに人影を見つける。あっ……と小さく声を出した後に有紗は素早く柱の影に隠れた。
ソファーには男と女がいる。薄暗い室内で横顔しか見えないが、聞こえてきた話し声から男はタカヒロだとわかった。
彼の隣には女が座っている。女も声で誰かわかった。同じ聖蘭学園のクラスメートの古賀美咲だ。
タカヒロと美咲は抱き合ってキスをしている。
(嘘……タカヒロさんと美咲が……)
有紗は美咲が嫌いだ。それは美咲も同じだろう。互いに1年生の頃から敵対心を抱いている。どうしても馬が合わない存在はいるものだ。
「ねぇー、有紗をMARIAに入れるってハナシ、どうなったの?」
『一昨日、“面接”しようとしたんだけど邪魔が入ってさ。うちも今はゴタついてるし、まぁそのうちな』
一昨日とは表参道での束の間のデートを言っているのだろう。クラブに警察が来てタカヒロが呼び出され、デートは中断してしまった。
(面接って何? MARIAって……)
「有紗と“面接”する気だったんだ。やっぱり有紗をMARIAに入れるのぉ?」
『いつかはな。有紗ちゃんって悪ぶってるくせに口説くとすぐ赤くなるし、ああいう男に免疫ないタイプに男は弱いんだぜ。有紗ちゃんは高く売れるぞ』
タカヒロの言葉を聞いて有紗は愕然とした。
やはりタカヒロはMARIAと繋がっていた。今まで彼が優しくしてくれたのもMARIAに入れるため?
MARIAに入れるための商品としてしか思われていなかった?
「そうそう、あたしねぇ、ケーサツに有紗のこと売ったの」
『売った?』
「よくわかんないけどぉ、先輩達が殺された事件に金平糖が関係してるらしくてぇ。有紗って金平糖持ち歩いてるじゃない? だから高山有紗って子が金平糖持ってるよぉーってケーサツに教えてあげたの。あたしがそれを言い出したらみんな頷いてくれてねぇ」
『ふーん。今どき金平糖って古くない? 金平糖入れてるあの袋もダサかったよな』
タカヒロと美咲は笑っていた。笑いながら二人はキスをしてソファーに崩れ落ちていく。
聞きたくもない美咲のいやらしくて甲高い声が聞こえてきて、有紗は耳を塞いだ。
もう何も聞きたくない
もう何も見たくない
もう何も知りたくない
もう誰を信じればいいのかわからない
笑いながら自分を商品扱いするタカヒロのことが怖くなった。母の手作りの巾着袋をダサいと笑われて悔しかった。
タカヒロも美咲も有紗の存在に気付いていない。二人が奏でるいやらしい音は不快な気分を煽り、有紗は震える足を懸命に動かしてクラブを出た。
早く、早く来てとエレベーターの呼び出しボタンを何度も押した。エレベーターの扉が開くまでの時間がこんなに長く感じたのは初めてだ。
エレベーターに乗り込み扉が閉まると同時に有紗の頬に涙が流れた。