早河シリーズ第二幕【金平糖】
 同じ頃。有紗は心許ない足取りで渋谷の街を彷徨っていた。青信号で前に進んでも皆はどんどん先に進み、自分だけが置いてきぼり。
街にはこんなにたくさんの人が溢れているのに、今の自分は世界でひとりぼっちだった。

信じていた。信じたいと思っていた人。
タカヒロは他の大人とは違うと思っていた。……違う。タカヒロとMARIAの関係には薄々気付いていた。
だけどわざと目をそらした。目をそらし、見ないフリをした。

(結局私もやってることはその辺の大人と同じだ)

 自分に都合の悪い事実は見ないフリ。都合のいい現実を作り上げて楽な道に逃げ込み、甘い夢に浸る。
黙っていても歩いても走っても涙が止まらず流れてくる。風の冷たさに今が冬だと思い出した。

『ねぇ、何かあったの?』

金髪の若い男が有紗の行く手を阻む。甘ったるい香水の匂いに酔いそうだ。

『高校生だよね? 学校行かずにサボり? 悲しいことでもあった?』

男は無言の有紗の肩を抱いて彼女の耳元で優しく囁いた。

『悲しい時は何もかも忘れて遊ぶのがいいんだよ』
「何もかも忘れて?」
『そう。一緒に楽しいことしよっか』

 この寂しさを埋めてくれる相手なら誰でもよかった。何もかもどうでもいい。
何が正しくて何が間違っているのかわからない。とにかく淋しくてたまらない。
誰かに優しくして欲しかった。

 渋谷でも有紗が近寄らなかった場所がある。円山町のラブホテル街だ。その場所が近付くにつれて有紗は身構えた。

誰でもいい。そう思っていたのにいざその建物の群れを目にすると恐怖が襲ってくる。
“初めて”は好きな人と……。小学生の時から夢見ていたパステルカラーの夢がどす黒く汚されていく。

(どうしよう。このままだと私この人と……)

隙を見て逃げようとしても男はそんな隙を与えてくれない。

(怖いよ……早河さん)

 こんな時に浮かんだ顔は親でも先生でもなく、あの不思議な探偵の顔だった。
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