早河シリーズ第二幕【金平糖】
 怒られてもいいから早河に会いたかった。呆れられて罵倒されても、でも早河はきっと他の大人と違うから。

『ちょっとお兄さん?』

 後ろからその人の声が聞こえて、有紗は驚いた。幻聴ではないかと自分の耳を疑った。
振り向くと息を切らせた早河が立っていた。彼の額には冬なのに汗が浮かんでいる。
早河は有紗の腕を自分の方に引き、彼女を庇うように背中に隠した。

『この子は返してもらいますよ』
『は? なんだよあんた』

金髪の男が早河を睨み付ける。しかし威嚇は元刑事の早河の専売特許だ。早河の鋭い眼光に男が怯んだ。

『少女買春か未成年者へのわいせつ罪、どっちがいい? あそこにお巡りさんいるから現行犯逮捕してもらおうか?』

早河の指差す先には制服姿の中年の警官が腕組みをして立っている。金髪の男は警官を見ると舌打ちして走り去った。

『早河ー。俺の役目はもういいか?』
『はい。安《やす》さん面倒かけてすみません』
『お前はいつから生活安全課配属になったのかと思ったが、探偵ってのも大変だなぁ』

安さんと呼ばれた警官は豪快に笑い、大股でホテル街を歩いていく。彼はこれからパトロールだ。

『このアホッ』
「痛っ……!」

 早河が有紗の額にデコピンを食らわせる。有紗は両手で額を押さえて顔をしかめた。

『学校サボったあげくにナンパ男とホテル直行か? どうしようもない不良娘だな』
「ごめんなさい……」

言葉とは裏腹に有紗の頭を撫でる彼の手は温かい。有紗は早河に抱き付いた。泣きわめく有紗を早河は優しく抱き締める。

「早河さぁん……こわかったよぅ……」
『はいはい。怖かったな。もう大丈夫だから。先生から学校に来てないって聞いて心配したぞ。電話もシカトしてやがるし』
「だってぇ……怒られると思って……」
『怒るのは当たり前。お父さんからお前を預かってる以上、危険な目に遭わすわけにはいかねぇんだ。あんまり心配かけさせんな』
「はい……」

 涙で鼻声の有紗の声はいつもより幼く聞こえる。泣きながらも彼女は早河の腕の中の心地よさを感じた。
早河からは大人の香りがした。

 何故だろう。温かいぬくもりにホッとする。もっと彼に触れていたくなる。胸が痛くなってドキドキする。
有紗の心の中で何かが変わろうとしていた。
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