早河シリーズ第二幕【金平糖】
 だけどタカヒロの存在がちらつくこの髪色から早く逃れたい気持ちもあって、嬉しいような、寂しいような。タカヒロのことはもう思い出したくなかった。

『黒でもいいのに。俺はこの写真の有紗がありのままの姿でいいと思う』

 早河がテーブルに置いた写真は高山政行から預かった有紗のスナップ写真。写真に写る有紗は黒髪でメイクもしていない。

「なんでこの写真を早河さんが持ってるの? やだやだ恥ずかしいっ!」
『恥ずかしいってことはないだろ。この写真の有紗の方が今の有紗よりも造ってない、自然体な有紗な気がするけどな』
「造ってない……?」

写真の中の黒髪に素っぴんのあの頃の自分は今よりも幼く見えるのに楽しそうに笑っていた。

「早河さんはこっちの私の方がいい?」
『少なくとも俺は自然体な女の方が好きだな』
「そっか。自然体……」

自然体とはどんな感じ? 無理していない? 造っていない?
メイクをしたり髪を染めるのとは違うの?
有紗にとって、“自然体”とは最も難しい問題だった。

 有紗はちゃっかりデザートまで注文し、チョコケーキを食べてご満悦だ。
会計の金額は早河の頭を悩ませるものだったが、矢野はなんだかんだ言いながらも自分の分の料金は支払っていく人間だ。
矢野の料金を除いた金額を支払い、少し軽くなった財布を早河は懐にしまった。昨夜の焼肉から始まり、食費の出費が痛い。

 ファミレスを出た早河は二人よりも先を歩いて振り向いた。

『じゃ矢野。後は頼むな』
『へーい』
「早河さんはどこ行くの?」

有紗が早河の腕を掴むが、早河はやんわりと有紗の手をほどいた。

『仕事。母親捜して欲しいって言ったのは有紗だろ。それ以外にも俺は忙しいんだよ。高校生は大人しく学校行け』

 矢野に有紗を託して早河はひとりで渋谷の雑踏の中に消えた。遠ざかる早河の背中を有紗は物悲しげに見つめていた。
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