早河シリーズ第二幕【金平糖】
ガレージに車を停めた早河は螺旋階段を見上げた。手すり越しに人影が見える。
背格好から女のようだが、なぎさではない。心当たりのある名前はひとつだ。
『……有紗?』
名前を呼ぶと人影がゆらりと立ち上がった。一階から二階への踊り場付近にいた有紗が駆け降りて来る。
『どうした?』
「先輩が……愛先輩が……死んじゃった……」
泣きじゃくる有紗が早河にしがみついた。聖蘭学園の生徒の死体がまたひとつ増えた。
今度は有紗の知り合いらしい。
泣きわめく有紗を連れて螺旋階段を上がり、事務所に入れる。有紗のためにとなぎさが昨日買っておいたココアがさっそく役に立つ時が来た。
有紗にココアを作ってやり、早河は自分の分のコーヒーを淹れる。しばらく泣き続けた有紗は、早河が作ったココアを飲むと少し落ち着きを取り戻した。
「愛先輩が殺されたって友達からメールで聞いたの。……本当なんだよね?」
『聖蘭学園の木内愛って生徒が今朝死体で見つかったってニュースは流れてる。残念だが本当のことだ』
「……愛先輩、昨日ちょっと様子が変だった。すごく怖い顔して廊下歩いてて、私とすれ違っても携帯見たままで気付かなくて。愛先輩が殺されたことと関係あるのかな……」
聖蘭学園の生徒が殺されるのはこれで四人目。
上野警部からの情報によると、木内愛はMARIAの名簿には載っていなかった。彼女は売春組織のメンバーではない。
しかし木内愛の手にはこれまでの被害者と同じく金平糖があった。数は被害者の数と同じ。
どうして犯人は被害者に金平糖を握らせているのか。
金平糖にはどんな意味が?
『なぁ有紗。金平糖で何か思い浮かぶことないか?』
「金平糖で? んー……」
有紗はふわふわとしたファー素材のショルダーバッグから猫柄の巾着袋を出した。中に入る金平糖の袋をカサカサと振る。
「私が金平糖で思い浮かぶのは……くるみ割り人形かなぁ」
『くるみ割り人形?』
「チャイコフスキーの三大バレエって知ってる? 〈白鳥の湖〉と〈眠れる森の美女〉と〈くるみ割り人形〉の三つ。全部バレエの舞台になってるんだよ。そのくるみ割り人形の物語の中に金平糖の精の踊りがあるの」
有紗は携帯電話のデータフォルダから音楽データを呼び出した。彼女の指が再生ボタンを押すと携帯から摩訶不思議なメロディが流れてくる。
「これが金平糖の精の踊りに使われる曲。日本以外だとドラジェの踊りって言われてるよ」
『白鳥の湖は知っていたが、バレエにはそんなものがあるのか』
金平糖の精の曲とやらは、聴いているとどこかの異世界に誘われてそのまま迷い込んでしまいそうな、摩訶不思議なメロディだ。
一度聴くとしばらくはメロディが耳に残って離れない。
早河は有紗の持つ金平糖をひとつ摘まんで口に入れた。甘い味が口の中に広がる。
携帯から流れ続ける金平糖の曲も、こうして聴いていると確かに金平糖の姿が浮かんでくる気がする。
「お母さんがバレエ教室の先生だったの。私もちょっとだけお母さんの教室でバレエ習ってた。だから私にとって金平糖は御守りでもあるし、お母さんと一緒にこの曲を踊ってる思い出でもあるの」
『御守りと思い出……』
やはり事件の鍵は失踪した有紗の母親、高山美晴かもしれない。
『出掛けるぞ』
「私も一緒に?」
『俺と出掛けるの嫌なのか?』
「ううん! そんなことない。行く!」
ソファーから跳び跳ねて降りた有紗は早河の腕に絡み付いた。
背格好から女のようだが、なぎさではない。心当たりのある名前はひとつだ。
『……有紗?』
名前を呼ぶと人影がゆらりと立ち上がった。一階から二階への踊り場付近にいた有紗が駆け降りて来る。
『どうした?』
「先輩が……愛先輩が……死んじゃった……」
泣きじゃくる有紗が早河にしがみついた。聖蘭学園の生徒の死体がまたひとつ増えた。
今度は有紗の知り合いらしい。
泣きわめく有紗を連れて螺旋階段を上がり、事務所に入れる。有紗のためにとなぎさが昨日買っておいたココアがさっそく役に立つ時が来た。
有紗にココアを作ってやり、早河は自分の分のコーヒーを淹れる。しばらく泣き続けた有紗は、早河が作ったココアを飲むと少し落ち着きを取り戻した。
「愛先輩が殺されたって友達からメールで聞いたの。……本当なんだよね?」
『聖蘭学園の木内愛って生徒が今朝死体で見つかったってニュースは流れてる。残念だが本当のことだ』
「……愛先輩、昨日ちょっと様子が変だった。すごく怖い顔して廊下歩いてて、私とすれ違っても携帯見たままで気付かなくて。愛先輩が殺されたことと関係あるのかな……」
聖蘭学園の生徒が殺されるのはこれで四人目。
上野警部からの情報によると、木内愛はMARIAの名簿には載っていなかった。彼女は売春組織のメンバーではない。
しかし木内愛の手にはこれまでの被害者と同じく金平糖があった。数は被害者の数と同じ。
どうして犯人は被害者に金平糖を握らせているのか。
金平糖にはどんな意味が?
『なぁ有紗。金平糖で何か思い浮かぶことないか?』
「金平糖で? んー……」
有紗はふわふわとしたファー素材のショルダーバッグから猫柄の巾着袋を出した。中に入る金平糖の袋をカサカサと振る。
「私が金平糖で思い浮かぶのは……くるみ割り人形かなぁ」
『くるみ割り人形?』
「チャイコフスキーの三大バレエって知ってる? 〈白鳥の湖〉と〈眠れる森の美女〉と〈くるみ割り人形〉の三つ。全部バレエの舞台になってるんだよ。そのくるみ割り人形の物語の中に金平糖の精の踊りがあるの」
有紗は携帯電話のデータフォルダから音楽データを呼び出した。彼女の指が再生ボタンを押すと携帯から摩訶不思議なメロディが流れてくる。
「これが金平糖の精の踊りに使われる曲。日本以外だとドラジェの踊りって言われてるよ」
『白鳥の湖は知っていたが、バレエにはそんなものがあるのか』
金平糖の精の曲とやらは、聴いているとどこかの異世界に誘われてそのまま迷い込んでしまいそうな、摩訶不思議なメロディだ。
一度聴くとしばらくはメロディが耳に残って離れない。
早河は有紗の持つ金平糖をひとつ摘まんで口に入れた。甘い味が口の中に広がる。
携帯から流れ続ける金平糖の曲も、こうして聴いていると確かに金平糖の姿が浮かんでくる気がする。
「お母さんがバレエ教室の先生だったの。私もちょっとだけお母さんの教室でバレエ習ってた。だから私にとって金平糖は御守りでもあるし、お母さんと一緒にこの曲を踊ってる思い出でもあるの」
『御守りと思い出……』
やはり事件の鍵は失踪した有紗の母親、高山美晴かもしれない。
『出掛けるぞ』
「私も一緒に?」
『俺と出掛けるの嫌なのか?』
「ううん! そんなことない。行く!」
ソファーから跳び跳ねて降りた有紗は早河の腕に絡み付いた。