早河シリーズ第二幕【金平糖】
『小山って……あの小山真紀?』
『そうっすね。あの小山真紀』
『それはまた難しい奴に惚れたな』
『まったくねぇ。俺のタイプじゃないし自分でもなんで小山真紀に惚れたのかわかんないんですよ』
『いつから?』
『惚れたのは彼女が警視庁に配属されてわりとすぐだったかな。気付いたら、コロッと惚れちまったわけで。俺もコーヒー飲もっかな』

 矢野はコーヒーポットに残るコーヒーをカップに注ぎ、砂糖やミルクも入れずに喉を鳴らして飲み始めた。

『小山ねぇ……。お前が今まで選んできた女とタイプ真逆じゃないか?』
『そうそう。どっちかと言うと俺はなぎさちゃんみたいな、可愛いふわふわ系が好みなんですよね。まぁ好きになっちまったらタイプは関係ないってこと。……でも俺がなぎさちゃんに惚れてるかもしれないと思って焦ってましたよね?』

コーヒーを飲んで一息ついた矢野と早河の視線が交わる。こちらを探るような矢野の目つきに耐えきれなくなった早河は、ふいと目をそらした。

『お前みたいな年がら年中女遊びしてる奴になぎさが引っ掛かったら大変だと思ったんだよ』
『ふーん。ま、いいや。そういや、最近コーヒー豆変えました? 前と味が違う』
『なぎさが変えてきた。Edenのオリジナルブレンドの新商品らしい』
『ははっ。この事務所もすっかりなぎさちゃん仕様になったなぁ。Edenと言えばあそこのマスターの田村さん、ライフル射撃の世界大会の出場者なんですよ』
『それは初耳だな。あのマスター、一流なのはコーヒーの腕だけじゃないのか』

 新宿通り沿いにある珈琲専門店〈Eden〉のマスターの名前は田村克典、年齢は50歳前後の人当たりの良い男だ。

『しかも世界大会で日本人初の優勝者。コーヒーだけじゃなくてライフルの腕も一流のようですね』
『……ライフルね』

 話が途切れたところで矢野の携帯電話が鳴った。彼は画面を見て、そこにある内容を読み上げる。

『警察は朝倉を神田友梨へのストーカー行為で送検するようです。ただ、一連の聖蘭学園生徒の殺人の犯人が朝倉だとは断定できない……とか』
『朝倉が殺人をやった証拠が出なかったんだろう。ストーカー行為での送検は妥当だな。被害者の中で木内愛だけがMARIAのメンバーではないものの、殺しの手口と金平糖の一致からして今までの殺人と同一犯だ』
『金平糖ねぇ。なーんか、有紗ちゃんの母親と今回の連続殺人、どっかで繋がってる気がするんですよね』
『俺もだ。殺人事件と有紗の母親を結び付けているもの……高山美晴が御守りと言っていたコレがどうにも気になる』

早河の持つ小袋には星屑のような色とりどりの金平糖が入っている。金平糖が御守り、その言葉の意味は?

『とりあえず俺は早河さんに言われた例の件を調べて来ますよ。ちょっと時間かかるかもしれませんが』
『ああ。頼む。……矢野、小山を落としたいならラーメン屋に連れて行け』
『ラーメン屋?』
『小山はラーメン好きなんだよ。好みはとんこつだったか。ただし味にはうるさいから旨い店じゃないと逆効果だ』
『了解。さっすが元同僚』

 矢野はくわえ煙草で早河に片手を挙げ、颯爽と事務所を出ていった。


第三章 END
→第四章 くるみ割り人形 に続く
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