早河シリーズ第二幕【金平糖】
 買い物を終えた二人は四谷三丁目駅の階段を上がって地上に出た。出口を出た目の前の新宿通りは車が行き交っている。

「少し事務所に寄っていくから、先に帰っててね」
「はーい」

 本日の収穫の服屋のショップ袋をぶらぶらと提げて有紗が交差点の信号を渡っていく。なぎさは有紗とは逆方向に歩いて早河探偵事務所に向かった。

 早河は高山美晴の実家がある山梨に行っているはずだが、もう帰って来ているだろうか。
腕時計の針は午後4時を示している。薄暗くなってきた四谷の街を歩いて、早河探偵事務所に辿り着いた。

 事務所のガレージには早河の車が停まっている。山梨から戻って来ているようだ。
事務所の鍵を開けて中に入ると、暖房の効いた室内で早河がソファーに横になっていた。

(寝ちゃってる……)

早河は何もかけずに寝入っている。なぎさは彼の身体に自分がいつも使っているブランケットをそっとかけた。

(ソファーで寝ちゃうくらい疲れてるんだ)

 有紗の前ではおくびにも出さないが、ここ数日の早河はなぎさの目から見てもひどく疲れていた。彼は夜遅くまで高山美晴の行方の手がかりを探して奔走している。

“母親に会いたい” 有紗のたったひとつの願いを叶えるために早河は寝る間を惜しんで仕事をしていた。
おまけに売春組織MARIAの裏には、あの貴嶋佑聖が関わっているとなると、彼の心労は計り知れない。

 二葉書房の金子からの社員になる誘いを断ったのは、ライターの仕事よりも探偵事務所の仕事を優先させたいからだ。ここで雇ってもらう条件として早河が出した出版の仕事を優先させる約束を破ってしまった。

きっと社員に誘われたと早河に話せば、今すぐ探偵事務所を辞めて出版社で働けと言うに決まっている。だから早河にはこの件は黙っている。

 兄を殺した犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖を捕まえるために早河の助手になった。これをやり遂げなければ前に進めない。

ただの自己満足のワガママ。自分を納得させるために早河と一緒にいた。

最初はそうだった。だけど今は少し違う。
兄、香道秋彦を死なせてしまったことに早河は責任を感じている。香道秋彦と自分の父親を殺したのは高校時代の友人だった貴嶋。

 早河にはなぎさには想像もつかない重たく暗い闇がのしかかっているように感じる。時々、彼がその闇に呑まれて消えてしまいそうで、怖くなった。

たまに早河が怪我をして帰ってくるとその恐怖と不安が一気に膨らむ。なぎさの知らない裏側で早河は重たく暗い闇と戦っている。

 ──見てるのが辛いのにどうして一緒にいるの?──

有紗のあの一言が頭をよぎった。その答えは明白だ。

「ひとりにしておけないから……」

 彼をひとりにしてしまえば彼は命すら惜しまなくなりそうで。簡単に消えていなくなってしまいそうで。

(だから……私はここに居る)

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