早河シリーズ第二幕【金平糖】
 交差点を渡り、四谷二丁目付近のなぎさのマンションの前に到着した。マンションを見上げる彼は一報入れずに来てしまったことを悔やむ。

恋人でもない女性の家を訪ねるのに午後8時は常識的な時間なのか? 非常識な時間帯ではないが、それでも躊躇する。今日は、特に。

マンションの共有エントランスの前で早河は携帯をなぎさの番号に繋げた。

{もしもし?}
『ああ……俺。あのさ、有紗に話があるんだが……』
{有紗ちゃんに? 電話代わりましょうか?}
『直接話したい用件なんだ。それで今、なぎさのマンションの前まで来てるんだけど……』
{……ええっ?}

なぎさの驚きの声を聞いて笑みが漏れる。

『こんな時間にすまない。家に入っていいか?』
{わ、わかりました! ちょっと待っててくださいね! ……えー! 今から早河さん来るのっ? なんでっ?}

動揺するなぎさの声の背後で有紗が騒いでいた。

 数分して、なぎさから再び電話が来た。入ってもいいとの知らせだ。
エレベーターを使うのも億劫で、階段で三階まで上がった早河を出迎えたのは共有通路で待っていた有紗だった。

 外の空気で冷えきった身体に暖房の暖かさが沁みる。なぎさの勧めで小さなこたつに入った早河は有紗と向かい合った。

このキラキラとした瞳を向ける少女にどこまで語ればいい? 山梨から引き連れてきた憂鬱が有紗を前にして早河にさらに暗い陰を落とす。

「話ってなーに?」
『お母さんのことだ。まだ見つかったわけではないけどな……』

 有紗はなぎさの淹れたホットレモンのカップを両手で持ち、早河の話を待っている。早河もなぎさが淹れたコーヒーをすすってこれから話す言葉を頭の中で考えた。

『有紗の担任の佐伯先生と、お母さんは幼なじみだったんだ』
「佐伯先生が? お母さんと?」
『佐伯先生は山梨の出身で、佐伯先生の実家はお母さんの家……有紗のお祖母さんの家だな、そこの近所にある。お母さんと佐伯先生は小学校と中学校が同じで仲が良かったらしい。話って言うのはまぁそれだけなんだが』

目を丸くした有紗は早河の言葉の意味を必死で噛み砕いて理解しようとしている。

「……知らなかった。びっくり」

 担任教師と母親が幼なじみだった。その事実に有紗は何を思うだろう?

早河が言えるのはここまでだ。
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