早河シリーズ第二幕【金平糖】
 悪寒と吐き気で有紗の全身は震えていた。
有紗を叱責するために襲う真似をした早河でさえ、ショーツの奥のその部分には触れなかった。

早河も触れないでいてくれたのに、初めて有紗のそこに触れたのは叔父を自称する佐伯だった。

『ハァ、ハァ……。ここを触られるのは初めてかい? 有紗は自慰もしたことがないのかな? 反応がウブで可愛いなぁ……。大丈夫、俺が有紗の初めての人になるからね。嬉しいだろ?』
「……早河さん……」

 怖くてたまらなかった。“初めての人は好きな人”がいい。これが早河なら良かったのに、そう思った有紗の口が自然と早河の名前を呼んでいた。

早河の名前を聞いた佐伯が眦《まなじり》を上げた。

『早河? ……ふん。お前も俺よりも他の男を選ぶのか? 俺じゃない男に処女を捧げたいと思ってるのか? そんなところまで母親と同じだな』

 有紗から手を離した佐伯が助手席のダッシュボードを開ける。そこに入るのは折り畳みナイフ。ピンと伸ばされた銀色の刃先が有紗に向いた。

「やめて……やだ……」
『まだ殺さないよ。大事な有紗を傷だらけにはしたくない。お楽しみはこれから。さぁ、行こう』

 佐伯が先に運転席を降りた。彼は助手席に回り有紗を連れ出して広い駐車場を横切る。
有紗の首に巻かれていたチェック柄のマフラーがほどけてふわりと地面に落ちた。

(そうだ……携帯! GPSは入ってる)

 早河から何かあった時のためにGPSを入れておくようにと言われた時は半信半疑だった。自分の身に危険が迫る、そんなことありえないと思っていた。

自分だけは安全……そんなことはないのだ。

(早河さんが絶対に助けに来てくれる。だからそれまで頑張らなくちゃ)

携帯電話はコートのポケットに入っている。自分に陶酔している佐伯は有紗の携帯電話を取り上げることも失念しているようだ。

(早河さん……っ!)

 早河は探偵だ。強くて、優しい、大好きなあの人ならきっと、いや、絶対に……。
噛み締めた唇は寒さと恐怖ですっかり冷たく乾いていた。

『ここはね、美晴が中学生の時にバレエで初めて主役を踊った場所なんだ。あの時の演目がくるみ割り人形だった……』

 駐車場を歩きながら目の前にそびえ立つ建物を佐伯は見上げ、法悦の表情で呟いた。
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