早河シリーズ第二幕【金平糖】
 薄紅色の絨毯が敷き詰められた甲府市民文化ホールには人の気配がなかった。階段を上がり二階へ進む。

「……どこに行くの?」
『お母さんが舞台に立ったあの場所に行くんだよ』

 佐伯が黒色の重厚な扉を押し開ける。明るい照明の灯る舞台の前にずらりと並ぶ客席。二階席からの劇場の眺めは壮観だ。

『ここで美晴は金平糖の踊りを舞ったんだ。主役として美晴はとても綺麗に輝いていた』

座席と座席の間の通路を佐伯は有紗の肩を抱いて歩いて行く。両手を縛られたままの有紗は段差につまずきそうになりながら必死に歩を進めた。

『そう、あの時だ。金平糖の精を踊る美晴に兄貴が金平糖を御守りだって言って贈った。兄貴はキザな人間だった。よくそうやって美晴にサプライズでプレゼントを贈って……俺はそれをいつも憎らしく見ていた』

 佐伯がコートのポケットから取り出したものは透明な小袋。袋の中にある赤、黄色、オレンジ、ピンク、色とりどりの星屑がシャラシャラと音を奏でている。

(金平糖が御守り? そっか。お母さんが言っていたのはそういうことだったんだ。私の本当のお父さんがお母さんに金平糖を贈ったから……)

『金平糖の精の美晴に祝福の舞いを踊ってもらいながら、俺達は今日ここで永遠に結ばれる。君が俺のクララだよ』

 二階席と一階席の間の通路まで有紗を連れて来た佐伯は有紗の髪をゆっくり上から下に撫で、その手が有紗の胸元に降りた。

『有紗、俺の子供を産んでくれ。美晴は俺の子を産んでくれなかった。だから美晴の一部を持っている有紗が俺の子供を産めばいい。ああ……胸の柔らかさもお母さんそっくりだねぇ』

佐伯の手は彼女の胸の膨らみを淫らに掴んでいる。佐伯の手元にあるナイフがライトの光を反射して光っていた。

「や……め……っ」

胸を鷲掴みにされている気持ち悪さと羞恥、ナイフへの恐怖……。震える喉から絞り出した抵抗の声は小さくかすれた。

『これは兄貴への最大の復讐なんだ。自分の娘が俺の子を孕《はら》む瞬間をあの世で見てるがいい』

 佐伯は左手にナイフを持ち、有紗の胸元にあった右手をスカートの中に忍ばせた。硬直した有紗がゴクリと唾を飲み込む。足が震えて立っていられない。

『さっきの続きをしよう。有紗の処女を俺に捧げてくれ。お前と結ばれて俺はやっと美晴への愛を成就できる』

 殺される恐怖と向けられた執着と狂気。
母親を殺された怒り、絶望、悲しみ……様々な感情が有紗の中で混ざり合い、爆発した。

「いい加減にしてよ! 先生が好きなのはお母さんでしょっ? 私はお母さんじゃない、高山有紗なの。お母さんの代わりにしないで!」

 有紗の叫び声がホールに響いた。
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