早河シリーズ第二幕【金平糖】
 コートから出した左手に握られたオートマチック拳銃の照準が早河に合わさる。有紗が短い悲鳴をあげた。

『お前……銃まで持っていたのか』
『元刑事さんはこれがモデルガンだと思うか? 本物だよ。形勢逆転だな』

 早河を元刑事と知っての煽り。なぜ佐伯が早河の経歴を知るのか、今はそんなこと考えている暇はない。

薄ら笑いを浮かべる佐伯は早河に銃を向けたまま、矢野に支えられて立っている有紗を一瞥する。

『有紗。この男を殺されたくなければこっちへ来なさい』
『有紗、ダメだ。来るな』

早河が叫ぶ。有紗は涙を流して首を横に振った。

「早河さんを殺さないで……」
『さぁ、こっちへ来なさい』
『有紗ちゃんダメだ』

矢野が有紗の腕を強く掴む。有紗は泣きながらイヤイヤと頭を振り続けた。

『ほら、有紗。早くしないとこの男が死ぬよ?』
『来るな!』

 響く早河の怒声。こっちへ来るなと叫ぶ早河とこっちへ来いと言う佐伯。行くなと腕を掴む矢野。

早河に向けて恐ろしい口を開けている黒色の銃。

(私が先生のところに行けば早河さんは殺されないの? お母さんが死んじゃって早河さんも死んじゃうのは嫌だよ……)

 もう大事な人を失うのは嫌だ。有紗は震える足を一歩前に出した。

「……早河さん、矢野さん。ごめんなさい」
『有紗ちゃん、止めろ!』
『バカ!』

 矢野の手をふりほどいて有紗は佐伯の元まで走った。早河が走る有紗の腕を捕まえようとするが一瞬早く、有紗の身体を佐伯が捕獲する。

佐伯は有紗を後ろから抱き抱え、彼女の頭に銃口を突きつけた。有紗がぎゅっと目をつむる。

 扉が開いてホールに警察がなだれ込んで来る。上野警部が手配した山梨県警の刑事達だ。

『佐伯、もう逃げられないぞ』
『逃げる気はない。美晴の血が流れた有紗を手に入れられたら、それでいい』

 警察に取り囲まれても佐伯は悠長に微笑んでいる。振り乱した髪、鼻や口元は赤い血にまみれたおぞましい佐伯の姿は人ではないものに見えた。

じりじりと警察の包囲網が佐伯を追い詰めた。有紗を拘束する佐伯は座席が並ぶ一階席の通路を後退する。

『こうなったらこのまま有紗と一緒に美晴のところへ……』

 血走った目で早河達を睨み付けていた佐伯の身体が突如ガクッと揺れた。膝が崩れ、有紗を拘束していた腕の力が失われる。

彼の身体は前のめりに倒れて動かなくなった。
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