早河シリーズ第二幕【金平糖】
 その場にいた全員が何が起こったのか理解していなかった。理解するにはあまりにも突然の出来事だった。
早河はへたり込む有紗の側に駆け寄って、彼女を抱き締める。

『バカ。無茶しやがって』
「ごめんなさい」

 泣きわめく有紗を抱き締め、早河は倒れている佐伯に視線を向けた。通路に倒れる佐伯の周りには刑事が集まり、刑事時代から懇意にしている山梨県警の高橋警部が佐伯の脈を診ている。

『高橋さん、佐伯は?』
『脈はある。死んではいないようだ。……ん?』

高橋は佐伯の首の後ろを見て眉をひそめた。

『早河くん、これを見てみろ』

 高橋に呼ばれた早河は有紗を矢野に任せて動かなくなった佐伯に近寄る。座席と座席の間の通路に入り、連なる椅子の背から佐伯を見下ろした。
佐伯の首に矢のようなものが刺さっている。

『ダーツの矢? いや、注射針……ですか?』
『刑事人生長くやってきてこんなものお目にかかったのは初めてだ』

この針を撃ち込まれて佐伯は意識を失った? 一体誰がこんなことを?

(俺達以外にここに誰かがいた?)

 二階席の扉の片方がかすかに揺れていたのを早河は目撃した。

 ──佐伯が倒れたのを見届けたスコーピオンは劇場二階の扉を出た。ゴルフバックを肩にかけて足早に階段を降りた彼は文化ホールの裏口から外に出る。

スコーピオンが持つゴルフバックの中には、野生動物に麻酔を撃ち込む際に利用されるガス式の麻酔銃が入っている。
圧縮空気を使って注射器を発射するガス銃であり、扱いには狩猟免許が必要になる。

 彼は甲府市民文化ホールから歩いて数分の場所で待機していたワゴン車に乗り込んだ。ホールの駐車場にはパトカーや警官がいるだろうが、この辺りまでは警察も包囲していない。

『任務完了しました』
『ご苦労様』

 後部座席で貴嶋佑聖が微笑んでいた。


第四章 END
→第五章 金平糖の精 に続く
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