姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
14. 慎重な会話
その質問にドキッとする。目まぐるしく頭を回転させ、考えた。どうしよう……。ここまでお世話になったんだし、本当のことをきちんと話すべき……? だけど、こんな私を親切に屋敷まで連れ帰ってくださった公爵様だ、エヴェリー伯爵家を追い出されたことを知れば、もしかしたらよかれと思って私を伯爵家に送り返すかもしれない。そして伯爵に事情を聞こうとするかも……。そうすればエヴェリー伯爵はきっと、ハリントン公爵から自分への心証が悪くなることを気にして、私を再び養育する可能性がある。だけど……そうなった後の私に対するエヴェリー伯爵一家の当たりはもっともっとひどいものになるのだろう。
もうあそこには、戻れない。
どうにかここまで来られたんだもの。王都まであともう一息。私は今後の人生をそっちに賭けたかった。
「……はい。違います」
私はおそるおそるそう答えた。公爵を偽る罪悪感は大きく、心の中でそっと謝罪する。
「そうか。いや、食べ方や所作が随分美しいと思ってな」
「俺もそう思います! なんかこうして見ると、ミシェルって平民っぽさが全然ないよな。さっきまでの真っ黒な物乞いの面影が全くねぇよ。すごいなぁ。見た目だけでいえば、その辺の貴族令嬢よりもよっぽど貴族らしく見えるぜ」
大きく切ったチキンを片方の頬に頬張ったまま、カーティスさんが私に向かってそう言った。
食べ方が綺麗なのは、たしかにそうかもしれない。貴族家の出身の両親の美しい所作を見ながら私は育ったし、二人は私が幼い頃から様々なマナーを教えてくれていた。それにエヴェリー伯爵家に引き取られてからは、伯爵一家のお茶や食事の世話までさせられることもたびたびあり、貴族の人間の食事する姿は見慣れている。
「お前はもう少し行儀良く食べろカーティス。そんなに詰め込んで、見苦しいぞ。……では、君はどこの領地に住む者なんだ」
またもカーティスさんを諌めたハリントン公爵が、私の方に向き直ってそう尋ねた。私の心臓が再び跳ねる。
「あの森にいたということは、南側のサムナー子爵領の者か。それとも、エヴェリー伯爵領か。まさか、このハリントン公爵領ではあるまい」
私はまた考えた。エヴェリー伯爵領の名前さえ出したくないけれど、全く土地勘のない場所から来たことにしてしまえば、今後会話の中で綻びが出るかもしれない。何か突っ込んだ質問をされた時に答えられなくて困ることが出てくるかも……。
「……エヴェリー伯爵領にいました」
意を決してそう答えると、ハリントン公爵は小さく頷いた。
「なるほど。……かの領地もいまだに末端までの福祉が行き届いていないと見える。君はいつから今のような生活を? 家族はいないのか」
「……父は私が六歳の時に仕事中の事故で他界しました。母はその二年後に病で……。それからは……はい、一人で……」
「保護施設の門を叩くことは考えなかったのか」
「……まだ幼かったのと、母が亡くなったのがあまりにも突然でしたので……。そういった知識が当時の私には全くなくて、ですね。そ、その時々で親切にしてくださる人はいたものですから。食べ物を分けてくださったり、しばらく家に置いてくださったり。そのうち仕事を紹介してもらったりして……それでどうにか食いつないできたといったところです」
もう完全に私を物乞いだと信じ込んでいるらしい目の前の二人に、私は苦し紛れの生い立ちを語る。貴族家出身の者の娘であったことや、南方の町で暮らしていたことなど、話の流れで隠すしかないことが増えてしまい、罪悪感に胸が痛む。
グラスのお水をがぶ飲みしたカーティスさんが口を挟んだ。
「なるほどなぁ。このハリントン公爵領は先代やロイド様の政策で福祉施設もかなり充実してるけど、領地によってはそういった事業にまるっきり力を注いでないところもあるっていうしな。特にエヴェリー伯爵領は、現領主が民の生活にあまり関心を持っていないらしいってんで評判が悪いんだよ。ですよね? ロイド様」
(……そうなんだ。知らなかった……)
エヴェリー伯爵家に引き取られて以来、あまり外に出たことのない私は、エヴェリー伯爵がよそに比べて特別評判の悪い領主だということさえ知らなかった。
するとカーティス様はカラカラと明るく笑いながら、続けてこう言った。
「でもまぁ、ミシェルが平民でよかったよ。ロイド様は貴族令嬢がお嫌いだからなぁ。ああして森で出くわして運んできたのがどこぞのお嬢様だったら、もっと警戒してたかもしれないしな。ははっ」
「……え?」
もうあそこには、戻れない。
どうにかここまで来られたんだもの。王都まであともう一息。私は今後の人生をそっちに賭けたかった。
「……はい。違います」
私はおそるおそるそう答えた。公爵を偽る罪悪感は大きく、心の中でそっと謝罪する。
「そうか。いや、食べ方や所作が随分美しいと思ってな」
「俺もそう思います! なんかこうして見ると、ミシェルって平民っぽさが全然ないよな。さっきまでの真っ黒な物乞いの面影が全くねぇよ。すごいなぁ。見た目だけでいえば、その辺の貴族令嬢よりもよっぽど貴族らしく見えるぜ」
大きく切ったチキンを片方の頬に頬張ったまま、カーティスさんが私に向かってそう言った。
食べ方が綺麗なのは、たしかにそうかもしれない。貴族家の出身の両親の美しい所作を見ながら私は育ったし、二人は私が幼い頃から様々なマナーを教えてくれていた。それにエヴェリー伯爵家に引き取られてからは、伯爵一家のお茶や食事の世話までさせられることもたびたびあり、貴族の人間の食事する姿は見慣れている。
「お前はもう少し行儀良く食べろカーティス。そんなに詰め込んで、見苦しいぞ。……では、君はどこの領地に住む者なんだ」
またもカーティスさんを諌めたハリントン公爵が、私の方に向き直ってそう尋ねた。私の心臓が再び跳ねる。
「あの森にいたということは、南側のサムナー子爵領の者か。それとも、エヴェリー伯爵領か。まさか、このハリントン公爵領ではあるまい」
私はまた考えた。エヴェリー伯爵領の名前さえ出したくないけれど、全く土地勘のない場所から来たことにしてしまえば、今後会話の中で綻びが出るかもしれない。何か突っ込んだ質問をされた時に答えられなくて困ることが出てくるかも……。
「……エヴェリー伯爵領にいました」
意を決してそう答えると、ハリントン公爵は小さく頷いた。
「なるほど。……かの領地もいまだに末端までの福祉が行き届いていないと見える。君はいつから今のような生活を? 家族はいないのか」
「……父は私が六歳の時に仕事中の事故で他界しました。母はその二年後に病で……。それからは……はい、一人で……」
「保護施設の門を叩くことは考えなかったのか」
「……まだ幼かったのと、母が亡くなったのがあまりにも突然でしたので……。そういった知識が当時の私には全くなくて、ですね。そ、その時々で親切にしてくださる人はいたものですから。食べ物を分けてくださったり、しばらく家に置いてくださったり。そのうち仕事を紹介してもらったりして……それでどうにか食いつないできたといったところです」
もう完全に私を物乞いだと信じ込んでいるらしい目の前の二人に、私は苦し紛れの生い立ちを語る。貴族家出身の者の娘であったことや、南方の町で暮らしていたことなど、話の流れで隠すしかないことが増えてしまい、罪悪感に胸が痛む。
グラスのお水をがぶ飲みしたカーティスさんが口を挟んだ。
「なるほどなぁ。このハリントン公爵領は先代やロイド様の政策で福祉施設もかなり充実してるけど、領地によってはそういった事業にまるっきり力を注いでないところもあるっていうしな。特にエヴェリー伯爵領は、現領主が民の生活にあまり関心を持っていないらしいってんで評判が悪いんだよ。ですよね? ロイド様」
(……そうなんだ。知らなかった……)
エヴェリー伯爵家に引き取られて以来、あまり外に出たことのない私は、エヴェリー伯爵がよそに比べて特別評判の悪い領主だということさえ知らなかった。
するとカーティス様はカラカラと明るく笑いながら、続けてこう言った。
「でもまぁ、ミシェルが平民でよかったよ。ロイド様は貴族令嬢がお嫌いだからなぁ。ああして森で出くわして運んできたのがどこぞのお嬢様だったら、もっと警戒してたかもしれないしな。ははっ」
「……え?」