姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

17. 一夜明けて

 翌朝。耳をくすぐる可愛らしい小鳥たちの囀りと周囲の明るさで、私はゆっくりと覚醒した。

「……っ!?」

(しまった……!! 寝坊しちゃった……!?)

 条件反射で勢いよく体を起こした私は、そのまま周りを見渡し、昨日のことを一気に思い出す。そして安心して大きく息をつき、思わずもう一度ベッドに倒れ込んだのだった。

(そうだ……。私もう、髪を真っ黒に染めて日が昇る前から夜中まで働かなくてもいいんだっけ……)

 もうエヴェリー伯爵家からは追い出されたんだった。そして幸運にも、このハリントン公爵邸の当主であるロイド・ハリントン公爵に拾っていただいたんだ。

「……」

 目が覚めても、まだ夢の中にいるみたい。雲の上にいるのかと思うほど柔らかいシーツはスベスベで気持ちがいいし、昨夜充分に栄養を摂った体には力がみなぎっている。(だる)くもないし、めまいもしない。何より、頭が軽くてすごく気持ちがいい。
 私は自分の髪にそっと指を入れた。……信じられないくらいサラサラしてる。ベタつかないし痒くもない。

 エヴェリー伯爵邸を出てからたった一夜にして、私はまるで別の人生を歩みはじめたような気持ちになっていた。気分が高揚して、思わず叫びたくなる。
 そして改めて、昨日私を救ってくださったハリントン公爵のことを思い出す。すると彼に対する大きな感謝と尊敬の念が、むくむくと湧き上がってきた。

(……ロイド・ハリントン公爵様……。なんて慈悲深くて素敵なお方なんだろう……! あの方に出会っていなければ、私は今頃森の中で倒れ、そのまま死んでいたかもしれないのよ。獣に襲われて食べられていたかも……。あのタイミングで、あんな優しい方にたまたま出会い、救っていただけるなんて……)

 ハリントン公爵の見た目の神々しさも相まって、もはや本当に神の使いなのではないかと思えるほどだった。少なくとも私の中で、あの方は誰よりも尊く、素晴らしいお方となっていた。

 怒涛の一日から一晩が立ち、昨日よりも冷静に考えられるようになった私は、より一層ハリントン公爵に対する感謝の思いを強くしていた。

(やっぱりちゃんとご恩返しをしなくちゃ……! 公爵様にも、もちろん親切にしてくれるアマンダさんにも、カーティスさんにも。こんな立派なお屋敷に置いていただけて、何不自由ない生活をさせていただけるんだもの。その間にしっかりとお役に立たなくちゃ!)

 そう気合いを入れベッドから元気よく降り、ピョンと立ち上がった私の頭の中には、キラキラと後光が差すハリントン公爵の姿があった。のんびり休んでばかりはいられない。命を救っていただいて、その上こんな待遇で受け入れてくださったあの方に、感謝の気持ちを示したい。

(それにしても……ああ、なんて体が軽いのかしら……)

 お水を一杯いただこうと、絨毯の敷かれた床をテーブルに向かって一歩二歩歩きだした私は感動していた。昨日までの自分の体とはまるっきり違うのだ。お腹いっぱい食べてぐっすり眠るって、体にとってとても大切なことなのだと思い知る。
 ますます公爵様に感謝しながらグラスについだお水を飲んでいると、部屋の扉が遠慮がちに開いた。

「あ、よかった。起きてたのね。おはようミシェルさん。よく眠れた?」
「あ、アマンダさん! おはようございます。はい、とっても! 昨日はいろいろと、本当にありがとうございました」

 そう元気に挨拶をすると、アマンダさんはホッとしたように微笑んで私のそばにやって来た。

「まぁ。昨日とはまるで別人みたい。顔色もいいし、表情も明るくて。本当によかったわ」

 私の頬に手を添えて顔を覗き込みそう喜んでくれたアマンダさんは、まるで天使みたいだ。ここには神の使いばかりが暮らしているのだろうか。素晴らしいお屋敷だ。
 そんなことを思いジーンとしながら、私は目の前の天使に尋ねた。

「あの……ハリントン公爵様はお部屋にいらっしゃいますか? 執務室でしょうか。朝のご挨拶をしたいのですが。改めて昨日のお礼もしたいし……」

 するとアマンダさんはさらりと答える。

「旦那様なら早朝からもうお仕事に行かれたわ。とてもお忙しい方だから、毎朝のご挨拶なんかは必要ないと思うわよ。お顔を合わせた時にちゃんとご挨拶をしていれば」
「そ……そうなのですね」

 がっかりしたような、申し訳ないような。
 居候の私の方がゆっくりしてしまって、いいのだろうか。
 しかも公爵はあんな大怪我を負っているというのに……。

(無理なさらないといいのだけど……)

 私がそんなことを考えていると、アマンダさんが優しく微笑んで言った。

「朝食は食べられそう? 支度が済んだら、食堂に移動しましょうか」








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