姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

19. ハリントン公爵邸

 あとはゆっくり過ごしていてねとアマンダさんに言われ、屋敷の中を歩いてみてもいいかを尋ねる。

「ええ。別に構わないと思うわよ。旦那様の私室や執務室に勝手に入ったりしなければ。ずっとこの部屋にだけいるのも退屈でしょうしね。お庭がとても綺麗よ」
 
 ニコニコしながらそう教えてくれるアマンダさんが、ふと真顔に戻る。

「それと、ワンピースは本当にそれ一枚だけでいいの? 私は大丈夫なのよ? どうせ勤務日はいつもこのメイドの制服を着てるわけだし、私服のワンピースをもう一枚くらいあなたにあげたって困らないんだから」

 アマンダさんは、私が今日も彼女にもらったベージュのワンピースを着ていることが気になって仕方ないらしい。朝から何度かこう言ってもらったのだけど……、

「いえ、本当に大丈夫です。昨日はほとんど夜しか着ていませんし、これを洗っている間は前のものを着ておきますので。ありがとうございます」

そう言って、私は丁重に断った。いつお返しできるとも分からないのに、さすがに二枚もお洋服をいただくのは気が引けた。私がここを出て何かしらの仕事を得ることができる保証は、今のところまだないわけだし。
 ここのお給金がどのくらいなのかは分からないけれど、アマンダさんだって貴族のお嬢様ではなく平民。私のために貴重な私物をそんなに分けてもらうのは申し訳ない。これと前の古いワンピースを交互に着ていればいいのだから。……そうだ。あれ、念入りに洗っておかなくちゃ。



 じゃあ、昼食の時にまた声をかけるわねと言って、アマンダさんはお屋敷の仕事をするために部屋を出て行った。しばらくは部屋で大人しく過ごしていた私も、ものの数十分で扉を開けていた。やっぱりジッとしていられない。エヴェリー伯爵邸にいた時はもうすでにこの時間、いくつかの家事を済ませていた。厨房の人たちに交じって朝食の食器や鍋を洗って片付けたり、玄関周りを掃除したり。

(体力が回復するようゆっくり休んで……と言っていただけるのは本当にありがたいんだけど、もうすっかり回復しちゃったのよね。おかげさまで。美味しいお食事をお腹いっぱいいただいて、たっぷり眠って)

 しかも私は大して怪我もしていない。あの時、ハリントン公爵が私を避けてくださって、ご自分だけ怪我をしてしまわれたから。……ああ、やっぱり何かお手伝いがしたい。思い返すたびに罪悪感がムクムクと湧いてくる。

 ひとまずお屋敷の様子を見てみよう。何となく、このお屋敷の広さのわりには使用人の数が少ない気がするし。昨日公爵の執務室や食堂へ移動している時に、そのことが気になっていた。どこか手が足りていないところがあれば手伝わせてほしいと、夜にでももう一度公爵様に頼んでみよう。私が元気なことをアピールして。

 私はそれから廊下へ出て、階段を上ったり降りたりし、不審者にならない程度に屋敷全体を見て回った。とても広大なお屋敷ではあるけれど、さすがに扉を開けて一部屋ずつチェックして回るような無作法はできないから、それもすぐに終わってしまった。……やっぱり使用人が少ない。それなりにはいるけど、とても公爵邸とは思えない少なさだ。エヴェリー伯爵邸の方がここよりも使用人の数は多かった。
 そしてもう一つ気付いた。その数少ない使用人のほとんどが男性なのだ。女性の数が圧倒的に少ない。

(これもハリントン公爵の女性嫌いのせいなのかしら……)

 そんなことを考えながら一階に降り、食堂の前を突っ切って歩いていくと、大きな窓から素敵な裏庭が見えた。そして、そこにはアマンダさんの姿も。
 私は近くにあった扉から、おそるおそる庭に出てみた。

「あら、来たのねミシェルさん」

 アマンダさんは箒を持って辺りを掃除していた。離れたところにあと二人ほど女性の使用人の姿があり、何となくホッとする。私はアマンダさんに近付きながら答えた。

「はい。少しお屋敷の中を見せていただいてました。……とても綺麗ですね、ここ」

 アマンダさんから視線を外して辺りを見渡す。色とりどりのたくさんの花が咲き乱れ、風が吹くたびに素敵な香りがふわりを鼻腔をくすぐる。

「ふふ。そうでしょう。先代公爵夫人が、あ、旦那様のお母様ね、……とてもお花がお好きな方なの。だからここにお住まいだった頃はお庭はもちろんのこと、お屋敷のいたるところにもたくさんのお花が飾られていたのよ」

(……ハリントン公爵の、お母様……)

 



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