姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
20. 公爵邸の事情と贈り物
「あの、昨夜お食事の席でカーティスさんから少し伺ったのですが……、ハリントン前公爵夫人は、南の方の別邸で暮らしておられるのですよね?」
昨日のことを思い出しながら私がそう尋ねると、アマンダさんが教えてくれる。
「聞いているのね。そうなのよ。先代公爵は心臓を悪くして、突然亡くなってしまわれてね。お二人はとても仲の良いご夫婦だったの。だから奥様は、ひどく落ち込んでおられたわ……。一人息子の旦那様が家督を継がれた今は、南の別邸で静かに過ごしていらっしゃるの。先代のお墓のそばでね。でも旦那様はお母様がいつここを訪れてもいいようにと、今もこのお庭をきちんと整備されているのよ。ふふ、ご自分はほとんどお庭なんかご覧にならないのにね」
「……そうなのですね」
お母様思いのお優しい方なんだな。私のことも助けてくださったし、領民の生活にも心を砕いて……本当に素晴らしい方だ。
改めてそう思いながら、私はアマンダさんに疑問をぶつける。
「このお屋敷に女性の使用人がとても少ないのは……やっぱり公爵様がお嫌だからなのでしょうか」
「そうね。それもあるけれど、奥様が別邸にお移りになる時に、気心の知れた侍女やメイドたちを多くお連れになったからというのが、一番大きな理由かしらね。こちらには男性の使用人が多いけれど、逆に奥様のいらっしゃる別邸は女性の使用人ばかりみたいよ。もちろん、危険のないように男性も勤めているけどね。護衛たちもいるし」
「なるほど……。こちらは手が足りていないなんてことはないのですか?」
「んー。まぁ正直なくはないわよね……。本当はもっと日々の掃除を隅々までできれば一番いいんだろうけど、旦那様は“普段は一階や、特に応接間をきちんと整えておけばいい”って。そもそも旦那様がお忙しいから、頻繁にお客様を招くことがないからですって。あまり使わないお部屋なんかは、日々分けて掃除してるって感じよ」
そうなのか、と私は一人納得する。ハリントン公爵家の事情はなんとなく分かった。母君が別邸に移られた後、この本邸の使用人を大幅に雇いなおすようなことはしなかったのだろう。それならば、やはり公爵様の身の回りを世話する人間も充分足りているということはないのではないか。
私にできることは、ある気がする。
その夜、ハリントン公爵はわりと早めに帰宅された。右腕のギプスが痛々しい。カーティスさんも一緒だ。すでに夕食までいただいていた私はなんとなく恐縮しながら、玄関ホールでお出迎えをした。
「お、おかえりなさいませ、ハリントン公爵」
「……? わざわざ出てこなくてもいい。面倒だろう」
なんで出迎えたんだ? みたいな顔をした公爵にそう言われたじろいでいると、公爵の後ろから顔を覗かせたカーティスさんが声を上げた。
「お!? なんか髪が変わったなミシェル! 切っただろ?」
「あ、はい。アマンダさんが揃えてくださいました」
そう答えると、カーティスさんは私の目の前までやって来てしばらく私を眺め、満足そうに頷いた。そして私の耳の横あたりの髪を、下から持ち上げるようにポスポスと触る。
「いいじゃねぇか。可愛くなったぞ。ね? ロイド様」
カーティスさんはそう言って私の頭をポンポンしながら、ハリントン公爵の方を振り返る。力が強くて、ちょっと痛い。
けれど公爵はこちらを一瞥すると、興味なさげに視線を逸らした。
「まぁ、ちょうどよかった。君に渡すものがある。……アマンダはどこだ」
公爵は近くにいた使用人に、アマンダさんに執務室に来るよう言付けた。私はそのまま公爵に促され彼らとともに先に執務室に向かう。
少ししてアマンダさんもやって来ると、カーティスさんが大きな箱を二つ、私たちに差し出した。
「ほら、これ。ロイド様からの土産だ」
「……え?」
お土産……?
私は驚いて公爵の方に視線を送る。けれど彼はすでに左手でせっせと書類を捲っていてこちらに顔を向けることさえしない。さりげなく隣のアマンダさんの方を見ると、彼女も不思議そうな表情のままこちらを見ている。
すると公爵がボソリと言った。
「君の衣類だ。まともな服がそれ一枚だけではこの先不便だろう。何枚か適当に見繕ってきた。それと、アマンダ、君にもだ」
「っ!? わ、私に、でございますか……?」
驚いているアマンダさん。私も心底ビックリした。お洋服まで? この私のために、わざわざ……? こんなに良くしていただいているのに、さらにお洋服までいただくなんて。
カーティスさんがニコニコして言う。
「既製品だからサイズが微妙かもしれねぇけど、着れなくはないだろ。アマンダはこっちの箱な」
「そんな……。な、なぜ私の分まで……?」
困惑するアマンダさんに、カーティスさんは太陽のような明るい笑顔でサラリと言う。
「だってミシェルに服をやったのはお前だろ? お前がこのワンピースを着てるの、俺何度か見た覚えがあったからさ。ロイド様に聞かれてそう答えたんだ。そしたらお前の分もって」
「……あ、ありがとうございます、旦那様」
アマンダさんは頬を真っ赤に染めてそうお礼を言った。私も慌ててそれに倣う。
「私も……本当にありがとうございます、公爵様。こんなに何もかもお世話になってしまって……。感謝いたします」
心を込めてそう伝えたけれど、彼はもう用事は終わりとばかりに淡々と答えた。
「ああ。構わない。以上だ」
“もう下がれ”の圧を感じとり、私とアマンダさんは執務室を後にした。
そしてそのまま二人して私の滞在している客間に向かう。
「ビックリしたわ……まさか私にまで、こんな贈り物をいただけるなんて」
「わ、私こそです。ただ森で拾われただけの物ご……、平民の娘に、わざわざこんな……」
思わず自分で自分のことを物乞いなどと言おうとしてしまった。カーティスさんから何度も言われたせいだろうか。
二人で顔を見合わせると、どちらからともなく言った。
「……開けて……」
「そうですね! 開けてみましょう。せっかくいただいたのですから!」
そうして、手渡された箱の蓋を同時に開けた私たち。中を見て、思わず歓声を上げてしまった。
「わぁ……っ!」
「まぁ! 素敵だわ……!」
私が手渡された箱の中には、品の良い淡いブルーのワンピースと、爽やかなカナリアイエローのワンピース、さらに落ち着いた濃い茶系の色味のワンピースの三枚が入っていた。アマンダさんには、私にくれたこのベージュのワンピースと似た色のものが一枚と、さらに大人っぽい知的な雰囲気のネイビーブルーのワンピースの二枚が入っていた。
よく平民が着ているような、シンプルなワンピース。けれどよく見れば細かな刺繍や可愛いレースの縁取りなどが丁寧に施されていて、決して安物ではないと分かる。布地も丈夫で、触り心地がいい。
「さすがは公爵様ですね……! なんて素敵なご趣味なんでしょうか。それに……は、羽振りがいい……」
「本当ね……。まさか私まで二枚もプレゼントしていただけるなんて。ありがたいやら、申し訳ないやらだわ。しっかり働かなきゃ……!」
その後は二人してキャッキャとはしゃぎながら、鏡の前に立ち、もらったワンピースを体に当ててみては、互いに褒め合い喜び合ったのだった。
昨日のことを思い出しながら私がそう尋ねると、アマンダさんが教えてくれる。
「聞いているのね。そうなのよ。先代公爵は心臓を悪くして、突然亡くなってしまわれてね。お二人はとても仲の良いご夫婦だったの。だから奥様は、ひどく落ち込んでおられたわ……。一人息子の旦那様が家督を継がれた今は、南の別邸で静かに過ごしていらっしゃるの。先代のお墓のそばでね。でも旦那様はお母様がいつここを訪れてもいいようにと、今もこのお庭をきちんと整備されているのよ。ふふ、ご自分はほとんどお庭なんかご覧にならないのにね」
「……そうなのですね」
お母様思いのお優しい方なんだな。私のことも助けてくださったし、領民の生活にも心を砕いて……本当に素晴らしい方だ。
改めてそう思いながら、私はアマンダさんに疑問をぶつける。
「このお屋敷に女性の使用人がとても少ないのは……やっぱり公爵様がお嫌だからなのでしょうか」
「そうね。それもあるけれど、奥様が別邸にお移りになる時に、気心の知れた侍女やメイドたちを多くお連れになったからというのが、一番大きな理由かしらね。こちらには男性の使用人が多いけれど、逆に奥様のいらっしゃる別邸は女性の使用人ばかりみたいよ。もちろん、危険のないように男性も勤めているけどね。護衛たちもいるし」
「なるほど……。こちらは手が足りていないなんてことはないのですか?」
「んー。まぁ正直なくはないわよね……。本当はもっと日々の掃除を隅々までできれば一番いいんだろうけど、旦那様は“普段は一階や、特に応接間をきちんと整えておけばいい”って。そもそも旦那様がお忙しいから、頻繁にお客様を招くことがないからですって。あまり使わないお部屋なんかは、日々分けて掃除してるって感じよ」
そうなのか、と私は一人納得する。ハリントン公爵家の事情はなんとなく分かった。母君が別邸に移られた後、この本邸の使用人を大幅に雇いなおすようなことはしなかったのだろう。それならば、やはり公爵様の身の回りを世話する人間も充分足りているということはないのではないか。
私にできることは、ある気がする。
その夜、ハリントン公爵はわりと早めに帰宅された。右腕のギプスが痛々しい。カーティスさんも一緒だ。すでに夕食までいただいていた私はなんとなく恐縮しながら、玄関ホールでお出迎えをした。
「お、おかえりなさいませ、ハリントン公爵」
「……? わざわざ出てこなくてもいい。面倒だろう」
なんで出迎えたんだ? みたいな顔をした公爵にそう言われたじろいでいると、公爵の後ろから顔を覗かせたカーティスさんが声を上げた。
「お!? なんか髪が変わったなミシェル! 切っただろ?」
「あ、はい。アマンダさんが揃えてくださいました」
そう答えると、カーティスさんは私の目の前までやって来てしばらく私を眺め、満足そうに頷いた。そして私の耳の横あたりの髪を、下から持ち上げるようにポスポスと触る。
「いいじゃねぇか。可愛くなったぞ。ね? ロイド様」
カーティスさんはそう言って私の頭をポンポンしながら、ハリントン公爵の方を振り返る。力が強くて、ちょっと痛い。
けれど公爵はこちらを一瞥すると、興味なさげに視線を逸らした。
「まぁ、ちょうどよかった。君に渡すものがある。……アマンダはどこだ」
公爵は近くにいた使用人に、アマンダさんに執務室に来るよう言付けた。私はそのまま公爵に促され彼らとともに先に執務室に向かう。
少ししてアマンダさんもやって来ると、カーティスさんが大きな箱を二つ、私たちに差し出した。
「ほら、これ。ロイド様からの土産だ」
「……え?」
お土産……?
私は驚いて公爵の方に視線を送る。けれど彼はすでに左手でせっせと書類を捲っていてこちらに顔を向けることさえしない。さりげなく隣のアマンダさんの方を見ると、彼女も不思議そうな表情のままこちらを見ている。
すると公爵がボソリと言った。
「君の衣類だ。まともな服がそれ一枚だけではこの先不便だろう。何枚か適当に見繕ってきた。それと、アマンダ、君にもだ」
「っ!? わ、私に、でございますか……?」
驚いているアマンダさん。私も心底ビックリした。お洋服まで? この私のために、わざわざ……? こんなに良くしていただいているのに、さらにお洋服までいただくなんて。
カーティスさんがニコニコして言う。
「既製品だからサイズが微妙かもしれねぇけど、着れなくはないだろ。アマンダはこっちの箱な」
「そんな……。な、なぜ私の分まで……?」
困惑するアマンダさんに、カーティスさんは太陽のような明るい笑顔でサラリと言う。
「だってミシェルに服をやったのはお前だろ? お前がこのワンピースを着てるの、俺何度か見た覚えがあったからさ。ロイド様に聞かれてそう答えたんだ。そしたらお前の分もって」
「……あ、ありがとうございます、旦那様」
アマンダさんは頬を真っ赤に染めてそうお礼を言った。私も慌ててそれに倣う。
「私も……本当にありがとうございます、公爵様。こんなに何もかもお世話になってしまって……。感謝いたします」
心を込めてそう伝えたけれど、彼はもう用事は終わりとばかりに淡々と答えた。
「ああ。構わない。以上だ」
“もう下がれ”の圧を感じとり、私とアマンダさんは執務室を後にした。
そしてそのまま二人して私の滞在している客間に向かう。
「ビックリしたわ……まさか私にまで、こんな贈り物をいただけるなんて」
「わ、私こそです。ただ森で拾われただけの物ご……、平民の娘に、わざわざこんな……」
思わず自分で自分のことを物乞いなどと言おうとしてしまった。カーティスさんから何度も言われたせいだろうか。
二人で顔を見合わせると、どちらからともなく言った。
「……開けて……」
「そうですね! 開けてみましょう。せっかくいただいたのですから!」
そうして、手渡された箱の蓋を同時に開けた私たち。中を見て、思わず歓声を上げてしまった。
「わぁ……っ!」
「まぁ! 素敵だわ……!」
私が手渡された箱の中には、品の良い淡いブルーのワンピースと、爽やかなカナリアイエローのワンピース、さらに落ち着いた濃い茶系の色味のワンピースの三枚が入っていた。アマンダさんには、私にくれたこのベージュのワンピースと似た色のものが一枚と、さらに大人っぽい知的な雰囲気のネイビーブルーのワンピースの二枚が入っていた。
よく平民が着ているような、シンプルなワンピース。けれどよく見れば細かな刺繍や可愛いレースの縁取りなどが丁寧に施されていて、決して安物ではないと分かる。布地も丈夫で、触り心地がいい。
「さすがは公爵様ですね……! なんて素敵なご趣味なんでしょうか。それに……は、羽振りがいい……」
「本当ね……。まさか私まで二枚もプレゼントしていただけるなんて。ありがたいやら、申し訳ないやらだわ。しっかり働かなきゃ……!」
その後は二人してキャッキャとはしゃぎながら、鏡の前に立ち、もらったワンピースを体に当ててみては、互いに褒め合い喜び合ったのだった。