姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

22. 領主の差

 その日の夜には早速書面を交わし、私は公爵邸のメイドとして採用されることとなった。書面に記載されていたお給金の額に思わず目を見開く。さすがはハスティーナ王国一の資産を有するハリントン公爵家……。私のような末端の試用期間の者でも、こんなにいただけるなんて。
 むしろ無給で働かせてもらいたいぐらいだった私は心底恐縮した。これが本当にご恩返しになるのだろうか。けれど公爵におそるおそるそのことを尋ねてみると「無給で労働など絶対にあり得ない」と仰り、私は引き下がるしかなかった。本末転倒な気がする。私が得をしている。

(し、しっかりと役に立たなくては……!)

と、私はますます燃え上がったのだった。

 翌朝早くに目を覚ました私は、張り切って仕事を開始する。と言っても、まだ何の指示も与えられていないので、とりあえず勝手に玄関周りを箒で掃き、地下の掃除用具入れから引っ張り出してきた雑巾を使って玄関扉を磨き上げ、その後一階の窓の掃除に移った。窓の桟を細かく磨いていると、アマンダさんと数人の使用人の女性がやってきた。

「ミ……ミシェルさん……っ? え? 何してるの……? それに、その格好……」
「あ! おはようございます、アマンダさん」

 そう返事をして、ふと気付いた。そうだ。アマンダさんには昨日ほとんど会えていなくて、まだ説明していないんだった。食事の時間に知らせに来てくれたのも、他の使用人の方だったっけ。
 私は居住まいを正してアマンダさんと後ろにいる女性たちに挨拶をした。

「ハリントン公爵の許可をいただき、本日からこちらのメイドとして働かせていただくことになりました。と言っても、今は試用期間ですが……。ミシェルです。これからどうぞよろしくお願いいたします!」

 はきはきとそう言うと、アマンダさんの後ろにいた少し年配の女性たちがまぁ、よかったわ、と口々に言いながら微笑んでくれる。

「働き手が増えるのは大歓迎よ。よろしくねミシェルさん」
「若くて元気な子がいてくれるとありがたいわ」

 アマンダさんもクスリと笑う。

「それでメイドの制服を着ているのね。驚いたわ、本当に働くことになるなんて……。ふふ。こちらこそよろしくね、ミシェルさん」

 そう言うと彼女たちは従業員用の食堂へと私を案内してくれた。歩きながら、女性たちに尋ねられて今朝の仕事の話をする。

「え? もう掃除を始めていたの?」
「はい。玄関周りと玄関扉はもう終わりました。あとで仕上がりを確認していただけると助かります」
「まぁ! そんな、日が昇る前からなんて働かなくていいのよ。もう少しゆっくりしてちょうだい」
「そうよ。あなた、ほんの数日前まで栄養失調で大変だったんでしょう? そんなにすぐに無理しちゃいけないわ」

 皆すごく心配してくれる。ここの使用人の方々はいい人ばかりみたいだ。よかった。
 改めて皆の制服を見回し、彼女たちと同じ制服を着ている自分を嬉しく思う。ハリントン公爵家のメイドの制服はとても可愛い。品のいいモスグリーンのワンピースは、金色のボタンが胸元や袖口にあしらわれ、その上から真っ白なエプロンを着けるのだ。
 アマンダさんが隣を歩いている私の方を見て、怪訝な顔をする。

「? どうしたの? ミシェルさん。そんなに嬉しそうな顔をして」
「あ、いえ……。この制服、とても素敵だなと思って。ハリントン公爵家は使用人の方々も皆さん身綺麗にされていますよね」

 私がそう言うと、アマンダさんが頷く。

「ええ。先代公爵夫妻はそういうところにとても気を遣われる方々だったの。屋敷で働く者たちは、お客様がお見えになった時に真っ先に目につくからって。公爵家の品位を保つためにも、全員身綺麗にしていなくてはいけないって。旦那様もそのお考えを受け継いでいらっしゃるのよ。汚れたエプロンやほつれた制服は、すぐに取り替えなきゃダメなの。覚えておいてね」
「……なるほど……。はい、分かりました」

 頭の中で、またエヴェリー伯爵家と比べてしまう。向こうはそんなこと一切気にしていなかった。使用人たちは皆古い制服を着ていたし、明らかにサイズが合っていなくて不格好なまま働いている人たちもいた。私なんかその中でも一番汚かった。髪は染め粉で真っ黒、そのせいで頬も肩の辺りも真っ黒で、一番ボロボロのワンピースだった。

(当主によってこんなにも、使用人の扱いが違うものなのね……)

 ここに来てまだほんの数日だけど、エヴェリー伯爵家の使用人たちが全然大切にされていなかったのが本当によく分かる。私ほどではないけれど、皆伯爵夫妻やパドマからひどい対応をされていた。時には見えないもののように扱われ、時には気分次第で怒鳴りつけられ……。
 彼らは一体どれくらいのお給金をもらっているのだろう。あの様子じゃきっと、雀の涙に違いない。エヴェリー伯爵夫妻は、自分たちさえよければいいという考えの領主なのだから。
 このハリントン公爵家で過ごしているうちに、私はエヴェリー伯爵家の環境の悪さをひしひしと実感するようになっていた。







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