姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
26. 楽しいひととき
私はすかさずその子に話しかける。
「私はミシェルよ。この子はクレアちゃん。知ってるかな? よろしくね」
「あ、うん」
「あなたのお名前は?」
「マリー」
「マリーちゃんね。クレアちゃんと一緒に遊んだこと、あるかな」
二人を交互に見ながら尋ねているけれど、クレアちゃんは相変わらず一言も発することなく俯いている。マリーちゃんは少しもじもじしながら答えてくれた。
「ううん。……先生たちに、遊んであげてねって言われてるんだけど……」
そう言いながらチラリとクレアちゃんの方を見るその眼差しに、悪意は欠片も感じられない。この様子を見るに、誘ってみたことはあるけれどクレアちゃんが上手く応じられなかったのかもしれない。
私の髪をいじりながらはしゃいでいた女の子たちも、いつの間にか私たち三人の様子を見守っている。
「そっか。じゃ、お姉ちゃんとクレアちゃんも入れてくれる? 一緒に遊ぼう!」
私がそう言うと、女の子たちは声を揃え、元気に「うん!」と返事をしてくれた。
それから私たちは皆でお姫様ごっこをした。私の役は、お姫様たちのお世話をする召使いだ。クレアちゃんを誘導してお姫様の一人を演じさせてみたりしながら、自然と他の子たちと会話ができるように持っていく。花壇の脇に咲いていた雑草の中から花をとり、互いの頭に飾り合うよう提案してみると、私の頭にもいくつもの小さなおててが可愛い草花をたくさん挿してくれた。それから貴族のお嬢様のような言葉での会話がはじまり、お茶会や舞踏会に参加しているふりをする。最初はぎこちなく緊張気味だったクレアちゃんも、だんだんと笑顔になってきた。
そんなごっこ遊びをしばらく続けていると、気付けばクレアちゃんはマリーちゃんや他の子たちと手を取り合って踊りながら、声を上げて笑っているではないか。子どもの順応力はすごい。
その光景にホッとした私は、なんだかすごく楽しくなってきた。そしていつの間にやら率先して、小さなお姫様たちの食事の準備をはじめていた。小石や小さな木の枝でメインディッシュを作り終わり、土を丸く盛った上に草花を散らしてデザートのケーキを作っていると、舞踏会で踊っていたお姫様たちがそばに寄ってくる。
「あら、ミシェル。何を作っているの?」
「お夕食でございますよ、お嬢様方。ほら、そちらがステーキとパンとサラダですわ。食後にはケーキを持ってきますので、楽しみになさってくださいませね」
「まぁ! なんて美味しそうでございますかしら!」
「あたし踊りすぎてお腹がペコペコでございますわよ」
拙い言葉遣いでキャッキャとはしゃぎながら、クレアちゃんたちは私の作った食事を囲んで食べる真似をはじめた。私はその隣で体を丸めて黙々とケーキを作り続ける。
しばらくすると、予想以上に豪華なケーキが素晴らしい仕上がりをみせた。私は嬉しくなり、満面の笑みで女の子たちの方を振り返る。
「ご覧くださいませお嬢様方! とっても素敵なケーキが出来上がりました……よ……」
その瞬間、私は笑顔を浮かべたままで固まった。
女の子たちの奥には、いつの間にやって来たのかハリントン公爵と院長が立っていて、目を丸くしたまま私のことを見つめていたのだ。
二人の表情を見た途端、ハッと我に返る。
私は今、しゃがみ込んでせっせと土のケーキを作りながら、子どもたちとのごっこ遊びに熱中していたのだ。手を土まみれにし、ワンピースの裾を汚して。それを公爵に見られてしまった。
そのことに思い至った途端、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。首から上が一気に熱くなり、私は慌てて立ち上がる。
この状況をどう言い訳しようかとあわあわしていると、公爵の隣にいた院長が嬉しそうに微笑んで、私に言った。
「まぁ。クレアを皆の仲間に入れてくださったんですね。ありがとうございます。この子は数日前にこちらにやって来たのですが、なかなか打ち解けることができなくて……。職員たちも心配していたんですのよ。昼食の準備が終わってから、外に連れ出そうと部屋を覗きに行くといなくなっていたと聞いたので、もしやと思ったのですが……。あなたが手を貸してくださったんですのね。感謝いたします」
「い、いえ、そんな……」
指先を擦り合わせ両手の土をさりげなく落としながら、私はしどろもどろに返事をする。公爵はそんな私のことを、無言でずっと見ている。恥ずかしい。子どものような姿にきっと呆れているのだろう。
そう思って気まずく俯いていると、公爵がボソリと言った。
「……頭の花も、似合っているじゃないか。子どもたちとお揃いだな」
その言葉で、私は自分の頭にたくさんの草花が飾ってあることを思い出し、耳が燃えるほど熱くなったのだった。
それからカーティスさんや他の子どもたちと合流し、広々としたその庭で皆で追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたりした。ここの施設はとてもいいところだ。子どもたちは皆笑顔で、健康的で、明るく楽しそう。公爵も満足したのだろう、帰り際に院長や職員たちと挨拶をする時の表情が、とても柔らかだった。
さよならの挨拶をして馬車に乗り込む時、クレアちゃんが私のそばにやって来た。
「ミシェルお姉ちゃん、また来てくれる?」
すると私が答えるより先に、ハリントン公爵がクレアちゃんに言った。
「ああ。また連れて来る。楽しみに待っているといい」
するとクレアちゃんは嬉しそうに笑い、私のスカートにキュッと抱きついてきた。
「わーい! ありがとうお姉ちゃん! また絶対に遊ぼうね!」
「あたしも! 待ってるね!」
「楽しかったね! また来てね! ミシェルお姉ちゃん、だーい好き!」
それを見ていた他の女の子たちもわらわらと周りに集まってきては、私にギュッと抱きつく。可愛くて可愛くて、つい締まりのない顔になってしまう。
「ふふ。ありがとう、皆。私も楽しかった。皆のこと、大好きよ。また遊んでね」
一人一人の頭を撫でて別れを惜しみながら、私は公爵やカーティスさんに続いて馬車に乗り、小窓から手を振り続けたのだった。
「私はミシェルよ。この子はクレアちゃん。知ってるかな? よろしくね」
「あ、うん」
「あなたのお名前は?」
「マリー」
「マリーちゃんね。クレアちゃんと一緒に遊んだこと、あるかな」
二人を交互に見ながら尋ねているけれど、クレアちゃんは相変わらず一言も発することなく俯いている。マリーちゃんは少しもじもじしながら答えてくれた。
「ううん。……先生たちに、遊んであげてねって言われてるんだけど……」
そう言いながらチラリとクレアちゃんの方を見るその眼差しに、悪意は欠片も感じられない。この様子を見るに、誘ってみたことはあるけれどクレアちゃんが上手く応じられなかったのかもしれない。
私の髪をいじりながらはしゃいでいた女の子たちも、いつの間にか私たち三人の様子を見守っている。
「そっか。じゃ、お姉ちゃんとクレアちゃんも入れてくれる? 一緒に遊ぼう!」
私がそう言うと、女の子たちは声を揃え、元気に「うん!」と返事をしてくれた。
それから私たちは皆でお姫様ごっこをした。私の役は、お姫様たちのお世話をする召使いだ。クレアちゃんを誘導してお姫様の一人を演じさせてみたりしながら、自然と他の子たちと会話ができるように持っていく。花壇の脇に咲いていた雑草の中から花をとり、互いの頭に飾り合うよう提案してみると、私の頭にもいくつもの小さなおててが可愛い草花をたくさん挿してくれた。それから貴族のお嬢様のような言葉での会話がはじまり、お茶会や舞踏会に参加しているふりをする。最初はぎこちなく緊張気味だったクレアちゃんも、だんだんと笑顔になってきた。
そんなごっこ遊びをしばらく続けていると、気付けばクレアちゃんはマリーちゃんや他の子たちと手を取り合って踊りながら、声を上げて笑っているではないか。子どもの順応力はすごい。
その光景にホッとした私は、なんだかすごく楽しくなってきた。そしていつの間にやら率先して、小さなお姫様たちの食事の準備をはじめていた。小石や小さな木の枝でメインディッシュを作り終わり、土を丸く盛った上に草花を散らしてデザートのケーキを作っていると、舞踏会で踊っていたお姫様たちがそばに寄ってくる。
「あら、ミシェル。何を作っているの?」
「お夕食でございますよ、お嬢様方。ほら、そちらがステーキとパンとサラダですわ。食後にはケーキを持ってきますので、楽しみになさってくださいませね」
「まぁ! なんて美味しそうでございますかしら!」
「あたし踊りすぎてお腹がペコペコでございますわよ」
拙い言葉遣いでキャッキャとはしゃぎながら、クレアちゃんたちは私の作った食事を囲んで食べる真似をはじめた。私はその隣で体を丸めて黙々とケーキを作り続ける。
しばらくすると、予想以上に豪華なケーキが素晴らしい仕上がりをみせた。私は嬉しくなり、満面の笑みで女の子たちの方を振り返る。
「ご覧くださいませお嬢様方! とっても素敵なケーキが出来上がりました……よ……」
その瞬間、私は笑顔を浮かべたままで固まった。
女の子たちの奥には、いつの間にやって来たのかハリントン公爵と院長が立っていて、目を丸くしたまま私のことを見つめていたのだ。
二人の表情を見た途端、ハッと我に返る。
私は今、しゃがみ込んでせっせと土のケーキを作りながら、子どもたちとのごっこ遊びに熱中していたのだ。手を土まみれにし、ワンピースの裾を汚して。それを公爵に見られてしまった。
そのことに思い至った途端、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。首から上が一気に熱くなり、私は慌てて立ち上がる。
この状況をどう言い訳しようかとあわあわしていると、公爵の隣にいた院長が嬉しそうに微笑んで、私に言った。
「まぁ。クレアを皆の仲間に入れてくださったんですね。ありがとうございます。この子は数日前にこちらにやって来たのですが、なかなか打ち解けることができなくて……。職員たちも心配していたんですのよ。昼食の準備が終わってから、外に連れ出そうと部屋を覗きに行くといなくなっていたと聞いたので、もしやと思ったのですが……。あなたが手を貸してくださったんですのね。感謝いたします」
「い、いえ、そんな……」
指先を擦り合わせ両手の土をさりげなく落としながら、私はしどろもどろに返事をする。公爵はそんな私のことを、無言でずっと見ている。恥ずかしい。子どものような姿にきっと呆れているのだろう。
そう思って気まずく俯いていると、公爵がボソリと言った。
「……頭の花も、似合っているじゃないか。子どもたちとお揃いだな」
その言葉で、私は自分の頭にたくさんの草花が飾ってあることを思い出し、耳が燃えるほど熱くなったのだった。
それからカーティスさんや他の子どもたちと合流し、広々としたその庭で皆で追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたりした。ここの施設はとてもいいところだ。子どもたちは皆笑顔で、健康的で、明るく楽しそう。公爵も満足したのだろう、帰り際に院長や職員たちと挨拶をする時の表情が、とても柔らかだった。
さよならの挨拶をして馬車に乗り込む時、クレアちゃんが私のそばにやって来た。
「ミシェルお姉ちゃん、また来てくれる?」
すると私が答えるより先に、ハリントン公爵がクレアちゃんに言った。
「ああ。また連れて来る。楽しみに待っているといい」
するとクレアちゃんは嬉しそうに笑い、私のスカートにキュッと抱きついてきた。
「わーい! ありがとうお姉ちゃん! また絶対に遊ぼうね!」
「あたしも! 待ってるね!」
「楽しかったね! また来てね! ミシェルお姉ちゃん、だーい好き!」
それを見ていた他の女の子たちもわらわらと周りに集まってきては、私にギュッと抱きつく。可愛くて可愛くて、つい締まりのない顔になってしまう。
「ふふ。ありがとう、皆。私も楽しかった。皆のこと、大好きよ。また遊んでね」
一人一人の頭を撫でて別れを惜しみながら、私は公爵やカーティスさんに続いて馬車に乗り、小窓から手を振り続けたのだった。