姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
39. 正式採用
その夜。私は少し緊張しながら旦那様の執務室を訪れた。
「失礼いたします、旦那様」
「ああ」
机に向かっていた旦那様は短く返事をし、チラリと私の方を見た。カーティスさんは左手に大量の本を抱え、奥の本棚でそれらを片付けている。私は部屋の中を進み、旦那様の前に立った。
「……それで、今後のことについてだったな」
「はい。そうです」
「……特にこうしたいという希望があるのなら、聞かせてもらおうか」
心なしか、旦那様の声が強張っているように聞こえる。気のせいかしら。……疲れていらっしゃるからかもしれない。
手短に済むように、簡潔に伝えた方がいいわよね。そう思った私は、目線を落として手元の書類を見ている旦那様に向かって、自分の気持ちをストレートに言葉にした。
「旦那様、私はこの三月ほどの間、こちらのお屋敷でこうして働かせていただき、とても充実した毎日を送っております。仕事にはやりがいを感じますし、旦那様やカーティスさんをはじめ、このお屋敷の皆様はいい方ばかりです。もしも旦那様からお許しをいただけるのでしたら……、私のことを、今後もこのハリントン公爵邸のメイドとして引き続き雇っていただけないでしょうか。頑張りますので、よろしくお願いします!」
一息にそう言うと、私は旦那様を見つめた。この熱意……私の視線から、伝われ……!
すると旦那様は、弾かれたように顔を上げた。そして美しい青い瞳を見開き、驚いたように私のことを見つめている。
(……あ、あれ……?)
そのまましばらく動かない旦那様に戸惑っていると、やがて旦那様が軽く咳払いをし、また目線を落とした。
「……ここを出て、この領内で新たな仕事や住む場所を探したいのかと思ったのだが……、違うのだな?」
「え? いえ、違います! もちろん、当初はそのようなお話でしたし、旦那様がそうしろと仰るのでしたら私に拒否することはできませんが……でも、」
「いや」
私がまだ自分の意志を伝えているところに、旦那様の言葉が重なった。咄嗟に口をつぐむ。
「……私としても、君が引き続きこの屋敷で働いてくれる気持ちがあるのは非常に助かる。君は仕事に対して真面目だし、視察に伴えば領民たちからの評判もいい。大雑把なカーティスでは行き届かない細かな気遣いもありがたい」
本棚のところにいるカーティスさんが、すばやくこちらを振り返った。
「では、旦那様……」
「ああ。明日からは正式採用ということにしよう。ありがとう、ミシェル。これからも私のそばで、私を手伝ってくれ」
そう言ってホッとしたように微笑む旦那様のその笑顔は、とても優しく穏やかで、私の心臓がまた音を立てた。
「こちらこそ……っ、ありがとうございます、旦那様……! しっかり働きますね!」
「よかったなーミシェル! じゃあこれからは正真正銘、ハリントン公爵家のメイド兼、ロイド様のお世話係ってことだな! いやぁ、人手が減らずに済んでマジでありがたいよ。ハハハッ」
いつの間にか私の隣にやって来ていたカーティスさんが、そう言ってカラカラと笑った。
翌日、使用人仲間の皆さんにも正式に採用された旨を伝え、改めて挨拶をした。アマンダさんをはじめ皆とても喜んでくれて、私も嬉しかった。
私は毎日朝から晩まで一生懸命働いた。使用人としての屋敷のお手入れの仕事以外にも、旦那様の執務の簡単なお手伝いや、旦那様があまり他人に触れさせたがらない執務室や私室の掃除も。そして時折、以前のように領内の視察に同行し、孤児院の子どもたちと遊んであげたり、老人ホームや療養施設の入居者の方々とお話しをしたりもした。
日々が順風満帆で、とても充実していた。
けれど、そうして正式なメイドとしてハリントン公爵邸で働きはじめてからしばらく経った頃、気になることが出てきた。
それは、アマンダさんの様子が以前にもましておかしいということだった。
「失礼いたします、旦那様」
「ああ」
机に向かっていた旦那様は短く返事をし、チラリと私の方を見た。カーティスさんは左手に大量の本を抱え、奥の本棚でそれらを片付けている。私は部屋の中を進み、旦那様の前に立った。
「……それで、今後のことについてだったな」
「はい。そうです」
「……特にこうしたいという希望があるのなら、聞かせてもらおうか」
心なしか、旦那様の声が強張っているように聞こえる。気のせいかしら。……疲れていらっしゃるからかもしれない。
手短に済むように、簡潔に伝えた方がいいわよね。そう思った私は、目線を落として手元の書類を見ている旦那様に向かって、自分の気持ちをストレートに言葉にした。
「旦那様、私はこの三月ほどの間、こちらのお屋敷でこうして働かせていただき、とても充実した毎日を送っております。仕事にはやりがいを感じますし、旦那様やカーティスさんをはじめ、このお屋敷の皆様はいい方ばかりです。もしも旦那様からお許しをいただけるのでしたら……、私のことを、今後もこのハリントン公爵邸のメイドとして引き続き雇っていただけないでしょうか。頑張りますので、よろしくお願いします!」
一息にそう言うと、私は旦那様を見つめた。この熱意……私の視線から、伝われ……!
すると旦那様は、弾かれたように顔を上げた。そして美しい青い瞳を見開き、驚いたように私のことを見つめている。
(……あ、あれ……?)
そのまましばらく動かない旦那様に戸惑っていると、やがて旦那様が軽く咳払いをし、また目線を落とした。
「……ここを出て、この領内で新たな仕事や住む場所を探したいのかと思ったのだが……、違うのだな?」
「え? いえ、違います! もちろん、当初はそのようなお話でしたし、旦那様がそうしろと仰るのでしたら私に拒否することはできませんが……でも、」
「いや」
私がまだ自分の意志を伝えているところに、旦那様の言葉が重なった。咄嗟に口をつぐむ。
「……私としても、君が引き続きこの屋敷で働いてくれる気持ちがあるのは非常に助かる。君は仕事に対して真面目だし、視察に伴えば領民たちからの評判もいい。大雑把なカーティスでは行き届かない細かな気遣いもありがたい」
本棚のところにいるカーティスさんが、すばやくこちらを振り返った。
「では、旦那様……」
「ああ。明日からは正式採用ということにしよう。ありがとう、ミシェル。これからも私のそばで、私を手伝ってくれ」
そう言ってホッとしたように微笑む旦那様のその笑顔は、とても優しく穏やかで、私の心臓がまた音を立てた。
「こちらこそ……っ、ありがとうございます、旦那様……! しっかり働きますね!」
「よかったなーミシェル! じゃあこれからは正真正銘、ハリントン公爵家のメイド兼、ロイド様のお世話係ってことだな! いやぁ、人手が減らずに済んでマジでありがたいよ。ハハハッ」
いつの間にか私の隣にやって来ていたカーティスさんが、そう言ってカラカラと笑った。
翌日、使用人仲間の皆さんにも正式に採用された旨を伝え、改めて挨拶をした。アマンダさんをはじめ皆とても喜んでくれて、私も嬉しかった。
私は毎日朝から晩まで一生懸命働いた。使用人としての屋敷のお手入れの仕事以外にも、旦那様の執務の簡単なお手伝いや、旦那様があまり他人に触れさせたがらない執務室や私室の掃除も。そして時折、以前のように領内の視察に同行し、孤児院の子どもたちと遊んであげたり、老人ホームや療養施設の入居者の方々とお話しをしたりもした。
日々が順風満帆で、とても充実していた。
けれど、そうして正式なメイドとしてハリントン公爵邸で働きはじめてからしばらく経った頃、気になることが出てきた。
それは、アマンダさんの様子が以前にもましておかしいということだった。