姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

4. 突然の豹変

 スティーブ様の後に続き、地下に降りる。誰にも鉢合わせしませんようにと祈りながら、心臓が口から飛び出しそうだった。幸いなことに、他の使用人たちにすれ違うことはなかった。

「……で? どこかな、君の部屋は。案内してくれる?」

 スティーブ様が私を振り返り、小さな声で囁いた。私は少し頷き、スティーブ様の横をすり抜けて通る。そして自分の部屋の前まで行くと、ドアを開ける前に彼を振り返った。

「こ、ここなのですが、とても狭いし粗末な部屋ですので……、あの」
「うん。大丈夫大丈夫。ほら急ごう」

 私の言葉を遮ったスティーブ様が、腕を伸ばしてドアノブを掴み、扉を開ける。そして私の背中を強い力でグッと押し、部屋の中に入れた。その強引な仕草に、心臓が大きく跳ねる。不安を飲み込むように、私は喉を鳴らした。
 スティーブ様は自分も体を滑り込ませると、後ろ手で扉を閉め、こちらを見てフフ、と笑った。
 そのまましばらく、私たちは黙って見つめ合う。スティーブ様がお土産とやらを取り出す気配はない。……ど、どうしよう。急かしてもいいものだろうか。とにかく早く、この部屋を出たい。もしも今エヴェリー一家が帰ってきてしまったら……。
 不躾かとは思ったけれど、私はスティーブ様に催促するしかないと思った。

「あ、あの、スティーブ様……。すみません、早く戻らないといけませんので……」
「ねぇ、ミシェル。君ってさ……よく見ると本当に可愛らしい顔立ちをしてるよね」

(……え……?)

 突然予想もしなかったことを言われ、一瞬頭の中が真っ白になった。そんな私に向かってスティーブ様はニヤリと笑う。

「初めて見た時から思ってたんだぁ。なんだか汚い格好して煤けた頬をしてるけど、きっと綺麗に洗って整えたら、ものすごく見栄えがするだろうなってね。……かわいそうに。毎日こんなに虐められちゃって。ねぇ?」

 そう言うとスティーブ様は手を伸ばし、私の頬をそっと撫でた。その瞬間、私の背筋に震えが走り、全身に鳥肌が立つ。

「……ス……スティーブ様……?」
「ああ、ミシェル。本当の君は一体どれほど美しいんだろうね。きっとパドマなんか比べ物にもならないだろうなぁ。全身を洗って、生まれたままの姿を僕に見せてほしいくらいだよ。だけど、そんなことできるはずもないしね。だからさ、ミシェル……」

 スティーブ様はそう言いながら一歩前に出て、私との距離を一気に縮めた。心臓が痛いほど強く脈打ち、恐怖のあまり声も出ない。
 いつの間にか彼の表情は、普段の優しい雰囲気とはまるっきり違うものになっていた。目は血走り、ハァハァと息を荒げる鼻の穴は無様に膨らみ、その笑みは獲物を仕留める直前の蛇のようにピリピリとした緊迫感で強張っていた。

「……ね、このまま僕と、二人きりの秘密の関係になろう。そしたらこれから先、僕がずっと君を守ってあげるからさ。お金も、食べ物も、いくらでも持ってきてあげるよ。その代わり……ね……?」

 全身にじわりと汗が滲み、歯がカチカチと音を立てる。気持ちを奮い立たせて力を振り絞り、どうにか片足を一歩後ろに下げた。
 けれどその瞬間、スティーブ様が突然私の腰をグッと抱き寄せ、そしてそのまま勢いよく私を後ろのベッドに押し倒した。

「ひ……っ!! い、いや……っ!!」

 恐怖と絶望感で、私の目から一気に涙が溢れた。誰か、助けて……! そう叫びたいのに、喉がヒクヒクと痙攣し、それ以上声が出ない。
 私の上に乗ったスティーブ様が呼吸を荒げながら私を見下ろしている。

「ああ……ミシェル……! だ、大丈夫だよ、痛いのは最初だけだからね。すぐに終わるから……!」

 そう言いながら彼は私の首筋に顔を埋め、ワンピースの中に手を滑らせ私の足をずるりと撫でた。

(…………っ!! 嫌…………っ!!)

 強い力でベッドに腕を縫い留められながらも、私は必死で暴れた。足をバタつかせていると、スティーブ様が自分の足を私の上に乗せ、動きを押さえる。

 その時だった。

「きゃあぁぁぁっ!! な、何よこれ……! 何してるのよあなたたち……!!」




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