【後日談投稿しました】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
40. いなくなったミシェル(※sideパドマ)
あの大嫌いだった憎たらしい小娘が私たちのエヴェリー伯爵邸を去ってからというもの、幾分か心が落ち着いてきた。
八歳の時に突然うちに現れた、同い年の娘。お父様の妹の子。
見た瞬間に激しいショックを受け、そしてじわりと憎しみが湧いた。お人形のように整った美しい顔立ち、真っ白な肌。キラキラと輝く蜂蜜みたいな金色の瞳に……初めて見る、ピンクブロンドの艶やかな長い髪。夢の世界のような色合いのそれは、不思議な光彩に彩られていた。
彼女はまるで、おとぎ話の世界からやって来た妖精のよう。母も私も、言葉を失った。
咄嗟に自分の髪に触れる。どんなにお手入れしても決して綺麗にはならない、くすんで縮れた赤毛。肌も特別白くも綺麗でもない上に、そばかすだらけ。
この子は親を亡くして他に頼るあてがないから、今日からうちで暮らす。父のその言葉に絶望した。
こんな美しい女の子を見ながら、私はこれから生きていかなきゃならないの? 毎日毎日自分の醜さと比べて、劣等感をジクジクと突かれながら、惨めな思いをして……?
冗談じゃない。
母もミシェルのことが気に入らなかったのはありがたかった。私と母はミシェルを苛め抜いた。ただ鬱憤を晴らすためだけに。私は真っ先にミシェルの髪を、裁縫バサミで雑に切り落とした。その瞬間だけ胸がスッとして、気分が高揚した。
母はミシェルに染め粉を作らせ、それをあのピンク色の髪にしっかりと塗り込むよう指図していた。うちに現れた瞬間は息を呑むほど美しかったあの小娘が、ざんばら髪を汚らしく真っ黒に染め、ボロボロのワンピースを着て、這いつくばって掃除をしている。どんどん痩せこけ、頬も肩も汚れて見苦しい。沈んだ顔で黙々と働くミシェルを見ていると、自分の抱えている惨めさが少しはマシになる気がした。
ミシェルを気に入らない理由は他にもあった。私の婚約者のスティーブが、アイツのことを気にかけているのに気付いたからだ。信じられない。あんなに痩せぎすで汚らしくて、陰気な小娘に惹かれるなんて。彼がミシェルをチラチラ盗み見ているのに気付くたびに、私はなじり、時には部屋の中で大きな声で怒鳴りつけた。
だから本当は分かってた。あの時、地下にあるミシェルの部屋のベッドで重なり合っている二人を見た時。スティーブは咄嗟に、ミシェルが自分を誘惑し強引にこうなるよう仕向けたと言っていた。けれど私は、違うと察した。
それでも私は、スティーブの苦しすぎる言い訳を信じたふりをした。父や母とともにミシェルを責め立て、なじり、ついにあいつはこのエヴェリー伯爵家から追い出された。
汚い頭でボロボロのワンピースを身にまとい、身一つで追い出されたミシェル。これでようやくあいつの顔を見なくて済むと思うと清々した。でもその反面、ミシェルなんかに手を出した婚約者に対して、憎しみと不信感でいっぱいにもなった。表向きはその後も淡々と婚約者同士の会話を続けてはいるものの、私はスティーブに対して欠片ほども良い感情が残ってはいなかった。
私という婚約者がありながら、あんな汚らしい女に触れようとするなんて。馬鹿にして。大嫌いよ。こんな不細工で頭の悪い、けだものみたいなクズ。
ミシェルがうちを去ってから二ヶ月ほどが経った頃、ブレイシー侯爵家のタウンハウスでお茶会が開かれることとなった。主催者のディーナ・ブレイシー侯爵令嬢は、この家の長女だ。昔から王家の血縁者との縁組も多く、国内で絶大な権力を誇るブレイシー侯爵家には、父も母も一目置いていた。侯爵夫人はこのハスティーナ王国社交界の高位貴族の女性たちを牛耳っている。決して睨まれたくはない家なのだ。学園に通っている頃から、三つ年下の私はディーナ嬢の取り巻き兼使いっ走りの一人だった。
「ディーナ様。本日のお召し物もとてもお美しいですわ!」
「ええ、本当に。いつも仰っている、例のディーナ様お気に入りのデザイナーのものでございますか? 繊細な刺繍ですわね。私などには決して手が出ないお品物なのが見て取れますわ」
「御髪もいつも艶やかで」
「ええ。ディーナ様の金色の御髪には思わず見惚れてしまいますわぁ」
茶会が始まると、令嬢たちは口々にディーナ嬢を褒め称える。いつもの光景だ。
出遅れてなるものかと、私も急いで口を挟む。
「本当に素敵ですわぁ! きっとこの広い王国中探しても、ディーナ様のような見事な金髪をお持ちの方はいらっしゃらないはずですわ。羨ましゅうございますぅ~」
「…………」
けれど今日のディーナ嬢は、私たちのおべっかに反応もしない。迫力さえ感じるきつい美貌をピクリとも動かさず、ただ静かに紅茶を口に運んでいる。……機嫌が悪いのだろうか。
周りの令嬢たちは気まずそうな顔をして、時折互いに目を見合わせながら、それでも必死でディーナ嬢を褒め続けていた。
するとしばらくして、ディーナ嬢が珍しく音を立てて紅茶を置き、大きな溜め息をついた。私も周りの令嬢たちも一斉に緊張し、その場の空気がピリッと張りつめる。
八歳の時に突然うちに現れた、同い年の娘。お父様の妹の子。
見た瞬間に激しいショックを受け、そしてじわりと憎しみが湧いた。お人形のように整った美しい顔立ち、真っ白な肌。キラキラと輝く蜂蜜みたいな金色の瞳に……初めて見る、ピンクブロンドの艶やかな長い髪。夢の世界のような色合いのそれは、不思議な光彩に彩られていた。
彼女はまるで、おとぎ話の世界からやって来た妖精のよう。母も私も、言葉を失った。
咄嗟に自分の髪に触れる。どんなにお手入れしても決して綺麗にはならない、くすんで縮れた赤毛。肌も特別白くも綺麗でもない上に、そばかすだらけ。
この子は親を亡くして他に頼るあてがないから、今日からうちで暮らす。父のその言葉に絶望した。
こんな美しい女の子を見ながら、私はこれから生きていかなきゃならないの? 毎日毎日自分の醜さと比べて、劣等感をジクジクと突かれながら、惨めな思いをして……?
冗談じゃない。
母もミシェルのことが気に入らなかったのはありがたかった。私と母はミシェルを苛め抜いた。ただ鬱憤を晴らすためだけに。私は真っ先にミシェルの髪を、裁縫バサミで雑に切り落とした。その瞬間だけ胸がスッとして、気分が高揚した。
母はミシェルに染め粉を作らせ、それをあのピンク色の髪にしっかりと塗り込むよう指図していた。うちに現れた瞬間は息を呑むほど美しかったあの小娘が、ざんばら髪を汚らしく真っ黒に染め、ボロボロのワンピースを着て、這いつくばって掃除をしている。どんどん痩せこけ、頬も肩も汚れて見苦しい。沈んだ顔で黙々と働くミシェルを見ていると、自分の抱えている惨めさが少しはマシになる気がした。
ミシェルを気に入らない理由は他にもあった。私の婚約者のスティーブが、アイツのことを気にかけているのに気付いたからだ。信じられない。あんなに痩せぎすで汚らしくて、陰気な小娘に惹かれるなんて。彼がミシェルをチラチラ盗み見ているのに気付くたびに、私はなじり、時には部屋の中で大きな声で怒鳴りつけた。
だから本当は分かってた。あの時、地下にあるミシェルの部屋のベッドで重なり合っている二人を見た時。スティーブは咄嗟に、ミシェルが自分を誘惑し強引にこうなるよう仕向けたと言っていた。けれど私は、違うと察した。
それでも私は、スティーブの苦しすぎる言い訳を信じたふりをした。父や母とともにミシェルを責め立て、なじり、ついにあいつはこのエヴェリー伯爵家から追い出された。
汚い頭でボロボロのワンピースを身にまとい、身一つで追い出されたミシェル。これでようやくあいつの顔を見なくて済むと思うと清々した。でもその反面、ミシェルなんかに手を出した婚約者に対して、憎しみと不信感でいっぱいにもなった。表向きはその後も淡々と婚約者同士の会話を続けてはいるものの、私はスティーブに対して欠片ほども良い感情が残ってはいなかった。
私という婚約者がありながら、あんな汚らしい女に触れようとするなんて。馬鹿にして。大嫌いよ。こんな不細工で頭の悪い、けだものみたいなクズ。
ミシェルがうちを去ってから二ヶ月ほどが経った頃、ブレイシー侯爵家のタウンハウスでお茶会が開かれることとなった。主催者のディーナ・ブレイシー侯爵令嬢は、この家の長女だ。昔から王家の血縁者との縁組も多く、国内で絶大な権力を誇るブレイシー侯爵家には、父も母も一目置いていた。侯爵夫人はこのハスティーナ王国社交界の高位貴族の女性たちを牛耳っている。決して睨まれたくはない家なのだ。学園に通っている頃から、三つ年下の私はディーナ嬢の取り巻き兼使いっ走りの一人だった。
「ディーナ様。本日のお召し物もとてもお美しいですわ!」
「ええ、本当に。いつも仰っている、例のディーナ様お気に入りのデザイナーのものでございますか? 繊細な刺繍ですわね。私などには決して手が出ないお品物なのが見て取れますわ」
「御髪もいつも艶やかで」
「ええ。ディーナ様の金色の御髪には思わず見惚れてしまいますわぁ」
茶会が始まると、令嬢たちは口々にディーナ嬢を褒め称える。いつもの光景だ。
出遅れてなるものかと、私も急いで口を挟む。
「本当に素敵ですわぁ! きっとこの広い王国中探しても、ディーナ様のような見事な金髪をお持ちの方はいらっしゃらないはずですわ。羨ましゅうございますぅ~」
「…………」
けれど今日のディーナ嬢は、私たちのおべっかに反応もしない。迫力さえ感じるきつい美貌をピクリとも動かさず、ただ静かに紅茶を口に運んでいる。……機嫌が悪いのだろうか。
周りの令嬢たちは気まずそうな顔をして、時折互いに目を見合わせながら、それでも必死でディーナ嬢を褒め続けていた。
するとしばらくして、ディーナ嬢が珍しく音を立てて紅茶を置き、大きな溜め息をついた。私も周りの令嬢たちも一斉に緊張し、その場の空気がピリッと張りつめる。