姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
42. まさかあいつが……?(※sideパドマ)
(…………え……?)
ディーナ嬢のその言葉に、胸がぞくりと嫌な感じにざわめいた。特定の誰かの姿が脳裏をよぎるよりも先に、まるで条件反射のように。
ディーナ嬢は話し続ける。
「この年頃の娘にしては考えられないほど短く、その不思議な色の髪を切り揃えてあったわ。普通未婚の若い娘って、できるだけ美しく手入れした髪を長く伸ばすものでしょう?」
「ええ、その通りですわ」
「中でもやはりディーナ様の御髪は、特別に美しく輝いていらっしゃいますわ。王国内の他の誰よりも優美でいらっしゃると思います!」
見当違いな褒め言葉を口にする令嬢が鬱陶しい。ドクドクと強く脈打ちはじめた心臓の音を感じながら、私はディーナ嬢の言葉に聞き入った。
「……何よりも許せないことがあるのよ。ロイド様ったらね、その娘を信用しすぎるのは危険だと進言したこの私に向かって、もう公爵邸への出入りを禁ずるとまで仰ったのよ」
「っ! そんな、まさか……!」
「なぜディーナ様にそのようなことを……!? 他ならぬディーナ様に……!」
「……私がね、その卑しい小娘を牽制するために、わざと扇を振り上げてみせたの。よからぬことを考えてはダメよって。平民のメイドですもの。躾として、それくらいのことはするでしょう?」
「ええ! しますします」
「大したことじゃございませんわ、それくらい!」
「……なのにロイド様ったら……、信じられないの。突然私の手を捻り上げ、……その娘を抱き寄せて庇ったのよ! この私から!」
「……っ、」
その時のことをまざまざと思い出したのだろうか、ディーナ嬢は突然激高した。たった今まで同調していた令嬢たちは、怯えたように一斉に口をつぐむ。
扇を強く握りしめ、眉を吊り上げるディーナ嬢は、まるで呪詛を吐くように言った。
「あんな小娘のために、この私を蔑ろにするなんて……。ロイド様は普通じゃなかったわ。何なのよ、あの小娘。卑しい立場で、この王国の重鎮である公爵閣下に上手いこと取り入るなんて……」
「え……ええ! あってはならないことですわ、そんなこと」
「その通りだわ! 公爵閣下は、その浅ましい小娘に騙されておいでなのですわ。閣下に相応しいのはディーナ様のような、美貌も教養もそしてお家柄も……全てが完璧に揃ったお方に決まっておりますのに。……あ! いえ、も、もちろん、公爵閣下がその小娘を本気で相手にしているなんて思ってはおりませんが!」
「ええ。大丈夫ですわ、ディーナ様。ハリントン公爵の一時的な気の迷いですわよ。きっといずれ、ディーナ様の元に公爵からの詫び状が届くはずですわ」
苛立ちが収まらないらしいディーナ嬢と、必死でおべっかを使う取り巻き令嬢たち。その会話を聞きながら私の頭の中に浮かんでいたのは、あいつの姿だった。
他領から来た身寄りのない娘。短く切り揃えたピンクブロンド。小柄で愛くるしい女……。
私が乱暴に切り落とした髪に、母が指定した染め粉を塗り込み、薄汚い姿で毎日床を磨いていたあの娘の、惨めな姿。
それらがまるで、点と点を結んだようにぼんやりと繋っていく。
(……まさか……)
そんなはずがない。身一つで我がエヴェリー伯爵家を追い出されたあいつが、まさか森を抜けてハリントン公爵家にたどり着き、あの麗しき当主様に気に入られ、目をかけられているだなんて……。
そんなこと、許されるはずがない。
けれど。
(もしも本当にそうだとしたら……一体どこまで悪運の強い子なの……?)
あいつがそんないい思いをしているだなんて、信じたくない。私の惨めな劣等感を刺激し、毎日不愉快な思いをさせ続けた上に、私の婚約者まで誑かしたあの女が。
腹の底からふつふつと怒りがこみ上げてくる。
目の前ではいまだディーナ嬢の恨みがましい愚痴と、令嬢たちの上辺ばかりの慰めの会話が繰り広げられていたけれど、私はもうそこに加わる心のゆとりなどなかった。
ディーナ嬢のその言葉に、胸がぞくりと嫌な感じにざわめいた。特定の誰かの姿が脳裏をよぎるよりも先に、まるで条件反射のように。
ディーナ嬢は話し続ける。
「この年頃の娘にしては考えられないほど短く、その不思議な色の髪を切り揃えてあったわ。普通未婚の若い娘って、できるだけ美しく手入れした髪を長く伸ばすものでしょう?」
「ええ、その通りですわ」
「中でもやはりディーナ様の御髪は、特別に美しく輝いていらっしゃいますわ。王国内の他の誰よりも優美でいらっしゃると思います!」
見当違いな褒め言葉を口にする令嬢が鬱陶しい。ドクドクと強く脈打ちはじめた心臓の音を感じながら、私はディーナ嬢の言葉に聞き入った。
「……何よりも許せないことがあるのよ。ロイド様ったらね、その娘を信用しすぎるのは危険だと進言したこの私に向かって、もう公爵邸への出入りを禁ずるとまで仰ったのよ」
「っ! そんな、まさか……!」
「なぜディーナ様にそのようなことを……!? 他ならぬディーナ様に……!」
「……私がね、その卑しい小娘を牽制するために、わざと扇を振り上げてみせたの。よからぬことを考えてはダメよって。平民のメイドですもの。躾として、それくらいのことはするでしょう?」
「ええ! しますします」
「大したことじゃございませんわ、それくらい!」
「……なのにロイド様ったら……、信じられないの。突然私の手を捻り上げ、……その娘を抱き寄せて庇ったのよ! この私から!」
「……っ、」
その時のことをまざまざと思い出したのだろうか、ディーナ嬢は突然激高した。たった今まで同調していた令嬢たちは、怯えたように一斉に口をつぐむ。
扇を強く握りしめ、眉を吊り上げるディーナ嬢は、まるで呪詛を吐くように言った。
「あんな小娘のために、この私を蔑ろにするなんて……。ロイド様は普通じゃなかったわ。何なのよ、あの小娘。卑しい立場で、この王国の重鎮である公爵閣下に上手いこと取り入るなんて……」
「え……ええ! あってはならないことですわ、そんなこと」
「その通りだわ! 公爵閣下は、その浅ましい小娘に騙されておいでなのですわ。閣下に相応しいのはディーナ様のような、美貌も教養もそしてお家柄も……全てが完璧に揃ったお方に決まっておりますのに。……あ! いえ、も、もちろん、公爵閣下がその小娘を本気で相手にしているなんて思ってはおりませんが!」
「ええ。大丈夫ですわ、ディーナ様。ハリントン公爵の一時的な気の迷いですわよ。きっといずれ、ディーナ様の元に公爵からの詫び状が届くはずですわ」
苛立ちが収まらないらしいディーナ嬢と、必死でおべっかを使う取り巻き令嬢たち。その会話を聞きながら私の頭の中に浮かんでいたのは、あいつの姿だった。
他領から来た身寄りのない娘。短く切り揃えたピンクブロンド。小柄で愛くるしい女……。
私が乱暴に切り落とした髪に、母が指定した染め粉を塗り込み、薄汚い姿で毎日床を磨いていたあの娘の、惨めな姿。
それらがまるで、点と点を結んだようにぼんやりと繋っていく。
(……まさか……)
そんなはずがない。身一つで我がエヴェリー伯爵家を追い出されたあいつが、まさか森を抜けてハリントン公爵家にたどり着き、あの麗しき当主様に気に入られ、目をかけられているだなんて……。
そんなこと、許されるはずがない。
けれど。
(もしも本当にそうだとしたら……一体どこまで悪運の強い子なの……?)
あいつがそんないい思いをしているだなんて、信じたくない。私の惨めな劣等感を刺激し、毎日不愉快な思いをさせ続けた上に、私の婚約者まで誑かしたあの女が。
腹の底からふつふつと怒りがこみ上げてくる。
目の前ではいまだディーナ嬢の恨みがましい愚痴と、令嬢たちの上辺ばかりの慰めの会話が繰り広げられていたけれど、私はもうそこに加わる心のゆとりなどなかった。