姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

43. アマンダさんへのおもてなし

 その日。どことなくぼんやりした表情で、けれど手元だけはいつもの通り無駄なくテキパキと動かしながら銀食器を磨き上げているアマンダさんに向かって、同じように食器を磨きながら私はおずおずと声をかけた。

「あの……アマンダさん」
「……ん? なぁに? ミシェルさん」

 ハッと我に返ったように普段と変わらない優しい笑みを浮かべ、私の方を見るアマンダさん。私は思い切って切り出した。

「……もしよかったら、今夜少しお喋りしませんか? よければ、私の部屋で。実はアマンダさんに、ちょっと渡したいものもありまして」
「……渡したいもの?」
「はい」

 アマンダさんはキョトンと不思議そうな顔をしたけれど、すぐにいつもの笑みを浮かべた。

「ええ、もちろんいいわよ。じゃあ湯浴みをしたらあなたのお部屋に行くわね」
「はいっ。ありがとうございます」

 よかった。すんなりと決まった。これでゆっくりお話しすることができる。
 私がアマンダさんを部屋に招いたのは、もちろん最近の彼女の様子が気になっていたからだ。以前から何度か変だなと感じたことはあった。特に、私が旦那様やカーティスさんと話していたり、カーティスさんから旦那様の話を聞いている時なんかに。時折切ない、寂しそうな顔をしていた。最近では特にボーッとしている時間も増えているし、よほど悩んでいるのかもしれない。

(だから今日こそ……私から切り出してちゃんと話すんだ。私は決して、旦那様に対して浮ついた感情を持っているわけではないということを!)

 そう自分に言い聞かせた、その時。
 私の胸に、これまで感じたことのなかった、言いようのない妙な後ろめたさがよぎった気がした。



 そしてその夜、約束どおりアマンダさんが夜着姿で私の部屋を訪れた。私も湯浴みを終え、もう夜着をまとっている。さしずめ女同士の夜着パーティーだ。

「……あら、すごい!」
「ふふ。たまにはいいですよね、寝る前にお菓子を食べちゃっても」

 昨日お休みをいただいていた私は街へ出て、今夜のためにとオシャレなお菓子屋さんでいろいろな種類の焼き菓子を買っておいたのだ。可愛いクッキーにマドレーヌ、フィナンシェに、色とりどりのマカロン。珍しい紅茶も入手した。一人で街を歩くのは初めてのことですごく緊張したけれど、これも全てはアマンダさんに気軽に話をしてもらう演出のためでもあった。

「一体どうしちゃったの……? 今日は何の日?」

 ローテーブルに並んだ様々な種類の可愛いお菓子たちを前に、アマンダさんが手で口元を押さえながら驚いている。

「ふふふ。いただいたお給金を有効に使いました。初めてここに来た時からずっと、いつも私に優しくしてくださるアマンダさんを、私なりにおもてなししたくて……。アマンダさん、私がこうしてハリントン公爵邸の皆さんに馴染んでお仕事させていただけるようになったのも、アマンダさんのおかげです。いつも本当に、ありがとうございます」

 私がそう言うと、アマンダさんはほんのりと頬を染めて涙ぐんだ。

「……やだぁ、もう……。感動しちゃうじゃない。ミシェルさんったら……。嬉しいわ。ありがとう」
「ふふ。さ、どうぞ! 座ってください」

 部屋に備え付けられた小さなソファーを勧めると、アマンダさんは嬉しそうに座ってくれた。私も向かいに腰を下ろし、そのタイミングで、隠し持っていた包みをさりげなく差し出した。

「それと、これをアマンダさんに。大したものではないのですが、ここへ来た時にアマンダさんがご自分のワンピースを一枚、私に譲ってくださったでしょう? これはあの時のお礼も兼ねてです。よかったら、使ってください」
「……ミシェルさん……っ」

 すると突然、アマンダさんがクシャッと顔を歪め、両手でその顔を覆ってしまった。

「……ア、アマンダさん……?」
「ひぃぃ……ん」

 どうやら泣いているらしい。その姿が可愛らしくて、思わず頬が緩む。

「ふふ……アマンダさん、まだ中を見てませんよ。あの、本当にそんなに大したものじゃなくて申し訳ないのですが……」

 私がそう言うと、アマンダさんは顔を隠したままくぐもった小さな声で答える。

「だって……こんな……、わ、私、まさかあなたが、こんなことを考えてくれていたなんて、お、思いもしなくでっ……ひっく。ほんとに、いい子なんだから……みしぇるしゃん……うぅっ……」

 いつもしっかりしているアマンダさんが、ちょっと舌足らずな声を漏らしながら子どものように泣いている。まさかここまで喜んでくれるなんて。こっちまで胸がいっぱいになってしまい、思わずアマンダさんを抱きしめたくなる。

「そんなこと言われると照れちゃいます……。ね、見てみてください、アマンダさん。もしも好みに合わなかったらごめんなさい」

 私がそう言うと、アマンダさんは一度クルッと後ろを向いて顔をゴシゴシと拭うと、こちらに向き直り、恥ずかしそうに私の手からプレゼントの包みを受け取ってくれた。

「ふふ……。ワンピースは旦那様からもいただいたし、こんなに気を遣ってくれなくてよかったのに……。でも嬉しいわ。ありがとうミシェルさん。開けさせてもらうわね」

 アマンダさんはそう言うと、小さな袋を結んであるピンク色のリボンを丁寧に解いた。そして中を見て目を輝かせると、それらを自分の手のひらに出した。

「なんて可愛らしいの……!」

 私が選んだアマンダさんへのプレゼントは、髪を結ぶためのいくつかのシュシュやリボンだった。どれも丁寧に作られたもので、レースの飾りやごく小さな宝石の粒がついていたりする。様々な色や形のものを選んだ。
 アマンダさんは満面の笑みを浮かべ、声を弾ませる。

「どれもすっごく素敵……! 休日のお出かけに使わせてもらうわね。本当にありがとう、ミシェルさん」
「ふふ。そう言っていただけて私も嬉しいです。アマンダさんのことを思い浮かべながら似合いそうなものを選ぶの、とても楽しかったです」

 よかった。いくつものお店をはしごして真剣に選び抜いた甲斐があったってものだわ……! こんなに喜んでくれるなんて。
 アマンダさんは笑みを浮かべたまま、私に言う。

「でも私のために貴重な休日を潰してしまって……。大変だったでしょう? 嬉しいけど、申し訳ないわ。大事に長く使うわね」
「いいえそんなこと、全然気にしないでください。休日に特別な予定なんてないですし、それに今回は、アマンダさんだけじゃなくてカーティスさんにも贈り物を準備したんですよ! カーティスさんにもずっとお世話になってますから」

 私も微笑んでそう答えた。
 すると、たった今まで最高に嬉しそうだったアマンダさんの顔から、突然その笑顔が消え去った。



 


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