姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
44. アマンダさんの恋
(? あ、あれ……?)
「アマンダさん……?」
私が呼ぶと、アマンダさんはハッとした顔をして、慌てたようにまた微笑んだ。
「……そうなのね。カーティスさんにも……。ふふ、きっと喜ぶわよ。彼には何を贈るの?」
(……明らかに取り繕ってるな……)
さっきまでの心からの笑顔とは少し違う、私を気遣うための、強張ったその笑顔。
もう気になって気になって、どうしようもない。
(でも、どうしてだろう……。まさか、カーティスさんに贈り物を用意しているということは、旦那様の分も用意しているはずだわ……なんて、誤解しちゃったのかな。まさかまさか、さすがに雇い主の公爵様に贈り物なんかしませんよアマンダさんっ! 私なんぞが! 旦那様への感謝の気持ちは労働でお返しするのみです……っ!)
「……この焼き菓子を買ったお菓子屋さんで、プレゼント用の焼き菓子セットを買ってあるんです。それをお渡ししようと思いまして……、あの、アマンダさん、」
「そう……。身につけるものじゃなくて、お菓子なのね」
「あ、はい。男の人に何をあげれば喜んでもらえるのかもよく分からないし、カーティスさん甘いものお好きみたいなので」
以前旦那様の執務室で、カーティスさんはブレイシー侯爵令嬢の持ってきたあのタルトの残りを、一人で五個全部食べていた。彼の名誉のために一応言っておくと、カーティスさんは旦那様にもタルトを勧めていたし、私にも「お前ももう一個食うか?」と聞いてくれたけど、私が遠慮したのだ。
私の言葉を聞いたアマンダさんが、また少し寂しそうに微笑んだ。
「……甘いもの好きなんだ、カーティスさん。そっか……。ミシェルさんはよく知ってるのね。やっぱり仲が良いからかしら。羨ましいわ」
「え? 仲が良い、ですかね……? まぁたしかに、旦那様といつも一緒にいらっしゃるから、必然的に……、……ん……?」
羨ましい?
今、羨ましいって言った?
私はアマンダさんの顔をまじまじと見つめた。
「アマンダさん……、も、もしかして……アマンダさんが好きなのって、旦那様じゃなくて……」
私のその言葉に、アマンダさんが突如目を見開いた。自分が漏らしてしまったさっきの言葉を思い出したのだろうか。
私たちはしばらくどちらも無言のまま見つめ合った。そのうちにアマンダさんの顔がどんどん真っ赤に染まりはじめる。耳も、首も、あっという間に茹で上がったようになったアマンダさんの口が、あわあわと震えだした。
アマンダさん……。
「アマンダさんって、カーティスさんのことが好きなんですか!?」
「きゃぁぁぁぁぁっ!! や、やめてっ!! 言わないでぇっ!! 誰にも言わないでぇぇぇぇぇっ!!」
その突然のすさまじい金切り声に、私の心臓が大きく跳ね上がり、口から飛び出しそうになった。体までソファーからビクーッと跳ね上がる。
アマンダさんが真っ赤な顔を両手で覆ってソファーで悶えている間、さっきの金切り声を聞きつけて様子を見にきてくれたメイド仲間さんたちに、私は「部屋の中に見たこともない不気味なデッカイ虫が出たんだけど、もういなくなりました」と苦しい言い訳をして謝ったのだった。
「そうだったんですね……。私、大きな勘違いをしてました……」
ひとまず紅茶を飲んで落ち着いたアマンダさんと向かい合い、私たちは改めてさっきの話をすることになった。
「ごっ……ごめんなさいね、ミシェルさん。まさかそんなに気にしてくれていたなんて……」
火照りのだいぶ冷めた頬をまだ気まずそうに手で押さえながら、アマンダさんが言う。
「あなたが私に対して思ってくれてたのと同じよ。私も最初は、親切な方だなって。ハリントン公爵邸に勤めはじめた頃、私すごく緊張していて……。些細なミスでも落ち込んでしまう私を見かけるたびに、カーティスさんは優しく励ましてくれていたわ……」
そう言いながらまた顔を真っ赤に染め、両手で隠すアマンダさん。
「私はそんなあの人にどんどん惹かれていってしまったんだけど……もちろんそんな浮ついた感情を表に出すわけにはいかなくて。月日が経ってここでの仕事にも慣れてきて、わりと何でもテキパキこなせるようになったら、もう以前のように彼から声をかけられる機会も随分と減ってきたわ」
「なるほど……」
そうだったのか。
旦那様の方じゃなくて、私に親切にしてくれたり気さくに話しかけてくれるカーティスさんの姿を見て、アマンダさんは切ない想いを募らせていたのね……。
(私って……なんって鈍いんだろう……)
真相が分かると、ガックリと崩れ落ちそうだった。
「ふふ……。まさかミシェルさんが、私が旦那様に恋をしていると思っていたなんてね」
「そうなんですよ。カーティスさんの方だったとは……盲点でした」
私がそう言うと、アマンダさんは楽しそうにクスクスと笑った。
「誰にも言わないでね」
「はいっ! もちろんです。スイーツ夜着パーティーでの恋のお話は、二人きりの秘密ですっ」
そんなことを言って笑い合いながら、私たちは目の前の焼き菓子に手を伸ばす。
「じゃあ、アマンダさんが最近少し元気がなかったのって、カーティスさんとお話しする時間がないから寂しくて……ってことなんですか?」
私がそう尋ねると、マカロンをもぐもぐと咀嚼したアマンダさんが少し困ったように言った。
「それももちろんあるんだけど、悩んでいることがあって。……あのね、もうすぐカーティスさん、お誕生日なのよ」
「アマンダさん……?」
私が呼ぶと、アマンダさんはハッとした顔をして、慌てたようにまた微笑んだ。
「……そうなのね。カーティスさんにも……。ふふ、きっと喜ぶわよ。彼には何を贈るの?」
(……明らかに取り繕ってるな……)
さっきまでの心からの笑顔とは少し違う、私を気遣うための、強張ったその笑顔。
もう気になって気になって、どうしようもない。
(でも、どうしてだろう……。まさか、カーティスさんに贈り物を用意しているということは、旦那様の分も用意しているはずだわ……なんて、誤解しちゃったのかな。まさかまさか、さすがに雇い主の公爵様に贈り物なんかしませんよアマンダさんっ! 私なんぞが! 旦那様への感謝の気持ちは労働でお返しするのみです……っ!)
「……この焼き菓子を買ったお菓子屋さんで、プレゼント用の焼き菓子セットを買ってあるんです。それをお渡ししようと思いまして……、あの、アマンダさん、」
「そう……。身につけるものじゃなくて、お菓子なのね」
「あ、はい。男の人に何をあげれば喜んでもらえるのかもよく分からないし、カーティスさん甘いものお好きみたいなので」
以前旦那様の執務室で、カーティスさんはブレイシー侯爵令嬢の持ってきたあのタルトの残りを、一人で五個全部食べていた。彼の名誉のために一応言っておくと、カーティスさんは旦那様にもタルトを勧めていたし、私にも「お前ももう一個食うか?」と聞いてくれたけど、私が遠慮したのだ。
私の言葉を聞いたアマンダさんが、また少し寂しそうに微笑んだ。
「……甘いもの好きなんだ、カーティスさん。そっか……。ミシェルさんはよく知ってるのね。やっぱり仲が良いからかしら。羨ましいわ」
「え? 仲が良い、ですかね……? まぁたしかに、旦那様といつも一緒にいらっしゃるから、必然的に……、……ん……?」
羨ましい?
今、羨ましいって言った?
私はアマンダさんの顔をまじまじと見つめた。
「アマンダさん……、も、もしかして……アマンダさんが好きなのって、旦那様じゃなくて……」
私のその言葉に、アマンダさんが突如目を見開いた。自分が漏らしてしまったさっきの言葉を思い出したのだろうか。
私たちはしばらくどちらも無言のまま見つめ合った。そのうちにアマンダさんの顔がどんどん真っ赤に染まりはじめる。耳も、首も、あっという間に茹で上がったようになったアマンダさんの口が、あわあわと震えだした。
アマンダさん……。
「アマンダさんって、カーティスさんのことが好きなんですか!?」
「きゃぁぁぁぁぁっ!! や、やめてっ!! 言わないでぇっ!! 誰にも言わないでぇぇぇぇぇっ!!」
その突然のすさまじい金切り声に、私の心臓が大きく跳ね上がり、口から飛び出しそうになった。体までソファーからビクーッと跳ね上がる。
アマンダさんが真っ赤な顔を両手で覆ってソファーで悶えている間、さっきの金切り声を聞きつけて様子を見にきてくれたメイド仲間さんたちに、私は「部屋の中に見たこともない不気味なデッカイ虫が出たんだけど、もういなくなりました」と苦しい言い訳をして謝ったのだった。
「そうだったんですね……。私、大きな勘違いをしてました……」
ひとまず紅茶を飲んで落ち着いたアマンダさんと向かい合い、私たちは改めてさっきの話をすることになった。
「ごっ……ごめんなさいね、ミシェルさん。まさかそんなに気にしてくれていたなんて……」
火照りのだいぶ冷めた頬をまだ気まずそうに手で押さえながら、アマンダさんが言う。
「あなたが私に対して思ってくれてたのと同じよ。私も最初は、親切な方だなって。ハリントン公爵邸に勤めはじめた頃、私すごく緊張していて……。些細なミスでも落ち込んでしまう私を見かけるたびに、カーティスさんは優しく励ましてくれていたわ……」
そう言いながらまた顔を真っ赤に染め、両手で隠すアマンダさん。
「私はそんなあの人にどんどん惹かれていってしまったんだけど……もちろんそんな浮ついた感情を表に出すわけにはいかなくて。月日が経ってここでの仕事にも慣れてきて、わりと何でもテキパキこなせるようになったら、もう以前のように彼から声をかけられる機会も随分と減ってきたわ」
「なるほど……」
そうだったのか。
旦那様の方じゃなくて、私に親切にしてくれたり気さくに話しかけてくれるカーティスさんの姿を見て、アマンダさんは切ない想いを募らせていたのね……。
(私って……なんって鈍いんだろう……)
真相が分かると、ガックリと崩れ落ちそうだった。
「ふふ……。まさかミシェルさんが、私が旦那様に恋をしていると思っていたなんてね」
「そうなんですよ。カーティスさんの方だったとは……盲点でした」
私がそう言うと、アマンダさんは楽しそうにクスクスと笑った。
「誰にも言わないでね」
「はいっ! もちろんです。スイーツ夜着パーティーでの恋のお話は、二人きりの秘密ですっ」
そんなことを言って笑い合いながら、私たちは目の前の焼き菓子に手を伸ばす。
「じゃあ、アマンダさんが最近少し元気がなかったのって、カーティスさんとお話しする時間がないから寂しくて……ってことなんですか?」
私がそう尋ねると、マカロンをもぐもぐと咀嚼したアマンダさんが少し困ったように言った。
「それももちろんあるんだけど、悩んでいることがあって。……あのね、もうすぐカーティスさん、お誕生日なのよ」