姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

47. 旦那様にたじたじ

(な……なぜ旦那様がこんなところに……っ!?)

 美しい銀髪を輝かせながら、花々の中をこちらへと向ってくる、この世のものとは思えない美青年。
 大変絵になる光景だが、その旦那様の表情は固い。

「? あれぇ? ロイド様! 珍しいですねこんなところにいらっしゃるなんて」

 私の視線に気付いたのか、振り返ったカーティスさんが旦那様に向かってそう声をかける。ここはハリントン公爵邸の敷地内で、旦那様はここのご当主。別にいてもおかしくはないのだ。だけど、旦那様が普段このお庭にまでやって来ることはまずない。周囲で仕事をしていた庭師や使用人たちも、皆一様に驚いた顔をして慌てて挨拶をしている。

「……二人で何をしているんだ」

 私たちのそばにやって来た旦那様は、開口一番そう言った。特別怖い顔をしているわけではないが、決して楽しそうでもない。目が笑っていない。

「何って、ただ喋ってただけですよ。えっと……、あれ? 何の話だったっけ。……あ、そうそう。俺の休日の……」
「もっ!! もう大丈夫ですのでっ!! ありがとうございましたカーティスさん! 大変参考になりました!」

 私は慌ててカーティスさんの言葉を遮った。なぜ旦那様がわざわざここにいらしたのか。そのことを考え、思い至った。先日旦那様は、カーティスさんが私の髪に触れることを厳しく咎めていた。年頃の女性の髪に勝手に触れるな、立場に相応しい品格を身につけろ、と。

(つ……っ、つまり旦那様はおそらく、年頃の男女である私たちがこうして二人で親しく言葉を交わしている様子がお気に召さないんだわ……。もしかしたら、私がカーティスさんを誘惑し、このハリントン公爵邸の風紀を乱そうとしているとお考えなのかもしれない……っ!)

 そう気付いた瞬間、冷や汗が出る。大変だ。下手な誤解をされれば、せっかく正式採用された公爵邸のメイドの仕事を失いかねない……!

「ん? もういいのか? ミシェル」
「は、はいっ! もう充分です! ちょっとした市場調査でしたので……。では、私はこれで……」
「ミシェル」

 そそくさとその場を離れようとした私に向かって、旦那様の静かな声が投げかけられる。ついヒッ、と変な声が漏れた。

「は……はい……っ?」

 おそるおそる顔を見上げると、旦那様は何か言いたげに少し口を開き、そしてまた閉じてしまった。

(……?)

 どうしたのだろう。怒っていらっしゃるのかしら。
 そのわりには、やはり何も言わない……。
 するとその時、カーティスさんが呑気な声で旦那様に尋ねた。

「ロイド様こそどうしてここへ? 休憩ですか?」

 すると旦那様は私からゆっくりと目を逸らし「……ああ」と呟くように言った。

「そうだ。気分転換と……、庭の様子を見に、な。母から手紙が来た。近々こちらへ顔を出すそうだ」
「へぇ! 前公爵夫人が。そりゃ大変だ。屋敷も庭も、しっかり手入れをしておかなきゃですね」

 その話題のおかげでそれ以上旦那様から何か突っ込まれることはなかったけれど、今度は前公爵夫人の来訪という新情報で頭がいっぱいになってきた。旦那様の母君が……ハリントン前公爵夫人が、このお屋敷に近々やって来る。

(近々って、いつだろう。どんな方なのかしら。……緊張するなぁ。ブレイシー侯爵令嬢みたいに、迫力のあるご婦人だったらどうしよう……)



 その後、私は無事アマンダさんにカーティスさんとの会話の内容を伝え、私たちは次のお休みに、二人して街の本屋さんまで買い物に出かけた。歴史小説以外にも、ホラー小説やミステリー小説まで、アマンダさんはハリントン公爵邸の図書室には置いてない新刊を何冊も買っていた。

 カーティスさんにその贈り物を手渡す時には、なぜだか私もそばにいるようにとアマンダさんから懇願された。

「な……っ、なぜですか!? 変ですよ私がいちゃ!」
「そんなことないわっ! だって、カーティスさんと二人きりになるなんて緊張してしまうもの……! お願いよミシェルさん。ね? 置き物になった気分でいてくれていいから」

 仕方なく、私は置き物としてアマンダさんの隣に無言で突っ立っていた。先日と同じようにカーティスさんをお庭に呼び出すと、アマンダさんは顔を伏せるようにして両腕を前にピンと伸ばし、カーティスさんに贈り物の包みを差し出した。

「へ? なんだ? これ」

 キョトンとするカーティスさんに、アマンダさんは顔を伏せたまま震える声で言った。

「その……き、今日は、カーティスさんのお誕生日、ですから……。お、おめ、でとうございます……っ。これは、その……いつもの、お礼に……」

 その様子を見てしばらくポカンと口を開けていたカーティスさんだったけれど、耳まで真っ赤になりながら全身を小刻みに震わせるアマンダさんをしばらく見つめ、それから何かを察したように優しい目をして小さく笑った。
 そして。

「……ありがとうな」

と言うと、アマンダさんの頭を撫でるように軽くポンポンして、贈り物を受け取ったのだ。アマンダさんも硬直していたけれど、隣の置き物の私もビックリした。その仕草は意外にも手慣れていて、いつものがさつで無骨なカーティスさんとは別人のようだった。

(うーーん……。侮れないわね、カーティスさん……)

 彼が颯爽と去っていった後、茹で上がったような顔で腰を抜かしへなへなと座り込んでしまったアマンダさんの横で、私は一人感心していたのだった。





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