姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

52. 胸のもやもや

 ハリントン前公爵夫人は二週間ほど滞在されるご予定とのこと。快適にお過ごしいただけるようにと、私たち使用人は気合いを入れてこの二週間に臨むつもりでいた。
 夫人がこの屋敷に到着した翌日、家令から通達があった。

「七日後、大奥様は懇意になさっておられるご婦人方、ご令嬢方を招いての茶会を、この本邸のサロンで開かれるご予定だ。お招きになるのは二十名ほど。茶会には旦那様も参加なさるご予定だ。皆、不手際のないよう準備を進めてもらいたい」
「承知いたしました」

 ずらりと並んだ使用人たちと同じように私もそう返事をしながら、頭の中では大騒ぎだった。

(に……っ、二十人もの貴族の女性が、ここにやって来るの……!? ひゃぁ、ドキドキするわ……っ!)

 どんな方々かしら……。正直、貴族の女性にあまりいい印象はない。多くの人を知っているわけじゃないけど、エヴェリー伯爵夫人も娘のパドマも、優しさの欠片もない傲慢な人たちだったし、それに先日お見えになったあのブレイシー侯爵令嬢だって、すごく怖かった。……いやいや、でも私の母だってエヴェリー伯爵家の令嬢だったけど、とても優しくて穏やかな人だったわ。皆が皆あんなに恐ろしい人たちばかりじゃない。先入観で嫌がってちゃダメよね。うん。

 家令の話が終わり、皆それぞれの持ち場に戻っていく時、私やアマンダさんと一緒にいた年配の使用人の女性たちが小さな声で言った。

「大奥様がわざわざこの本邸で茶会を開かれ、しかも旦那様も参加なさるということは……いよいよかもしれないわね」
「ええ。私もそう思っていたわ」
「? ……何のことですか?」

 私が何気なく尋ねると、二人の代わりにアマンダさんが口を開いた。

「ふふ。たぶんね、大奥様はそろそろ旦那様の結婚相手をお決めになりたいのだと思うわ」
「……え……?」

 結婚相手……?

 その言葉に、なぜだか私の胸が妙な感じにざわめいた。
 年配の使用人の一人が言う。

「ええ。旦那様は生涯独身を貫くおつもりでいらっしゃるようだけど、やはりそれでは大奥様も世間も納得しないはずだわ。才覚溢れる筆頭公爵家の当主ですもの。その血筋を残してほしいと、きっと大奥様はまだ諦めていらっしゃらないのよ」
「現に妙齢の令嬢方の何人もが、旦那様の妻の座を競って婚約者も決めずに独身を貫いているという話ですものね」

 もう一人の女性も加わり、アマンダさんと三人でいたずらっぽく笑っている。

「……そう、なんですね」

 ……どうしてだろう。なんだか胸に何かがつっかえたように、上手く言葉がでない。お腹の中を変な生き物がもやもやと動きまわっているような、不快な感覚が襲う。
 私……急にどうしたんだろう。

「きっと各家のご夫人とお嬢様が、これでもかとめかしこんでお見えになるはずだわ」
「ええ。間違いないわね。皆さん気合いが入っているわよ、きっと」
「あの旦那様も、ついに母君に折れてお相手をお決めになるのかしらね」

 アマンダさんたち三人は小さな声で楽しそうに話しているけれど、私はその会話に入っていく気にはなれなかった。せめてもと浮かべた笑みは強張り、口元が引きつってしまう。

(……困ったな。何がこんなに引っかかってるのかしら。旦那様がご結婚されたからといって、別に私の境遇が変わるわけじゃ……、あ、もしかしてお相手次第では、平民の使用人など嫌です! なんて話になって、旦那様がそれを受け入れれば、私がここを追い出される可能性も、ある……?)

 そんなわけないわよね。平民の使用人は私だけじゃないし。本当は平民じゃないけど。
 そこまで考えて、ふと嫌な予感がした。

(……まさか……、あのブレイシー侯爵令嬢は、来ないわよ、ね……?)

 ……うん。たぶん来ない。だって旦那様は先日彼女にはっきりと仰っていた。この屋敷への立ち入りを禁じると。
 当主にあれだけきつく言われているのだから、あの方がここへ来るはずがないわよね。しかも今回の主催者は大奥様、ハリントン前公爵夫人だ。旦那様と親しく(?)していたあの方ではなく、大奥様の懇意にしている方々が来るのだから。

 そう思っていた。

 だから、茶会当日のこの屋敷に真っ先に姿を見せたのがあのブレイシー侯爵令嬢だった時、サロンの中で出迎えた私の全身は石像のように硬直したのだった。

「ごきげんよう、ハリントン前公爵夫人。本日は私の我が儘をお聞き届けくださって本当にありがとう存じますわ!」






 
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